「空の日」はなぜ9月20日?

 9月20日は嘗ての「航空日」から「空の日」へとすっかり定着した感が強い。しかし、この日は何か由来するような出来事が過去にあるのであろうか。誰もが気にはなっているが、その割にはあやふやで「9/20は代々木で徳川・日野両大尉が初飛行に成功した日」などと明らかに誤った情報が、紙上やインターネットに散見される。そこで「空の日」、「航空日」にまつわる諸説と新たに発見した新聞記事などから検証を試みた。

この件について調べようと、国土交通省と定期航空関連団体で構成する、いわば本家と思しき「空の日」・「空の旬間」実行委員会のホームページ(http://www.soranohi.net/)をのぞいても解説は見当たらない。国土交通省航空局のホームページの中に「なぜ9月20日なの?」(http://www.mlit.go.jp/koku/03_information/02_sora/p02.html
と、ピッタリと対応するような解説がある。しかし、ここには9/20に決まるまでの公的な経緯が詳細に大変解りやすく記されているだけで、冒頭の9/20にまつわる由来や根拠についての説明はやはり無い。そして「なぜ9月20日なの?」の説明の中で、制定された年が「日野・徳川両陸軍大尉が代々木練兵場にて我が国で最初の動力飛行を披露した明治43年(1910年)からちょうど30周年・・・・・」と解説しながら同飛行が12月19日であったことが抜け落ちている。多分これを読むと9/20が代々木における初飛行の日と誤解しても不思議は無いであろう。これが冒頭で記した誤った情報の出所の一つと思われる。NHKの早朝のラジオ番組「今日は何の日」でも、ここ数年は明らかに航空局のホームページの内容を要約して読み上げている。ラジオから一方的に流される、この内容を素直に聴いてしまうと、寝ぼけ眼でなくとも9/20は徳川・日野両大尉が代々木で初飛行した日と思い込んでしまう。

 さて、これまでに以下が「航空日」、「空の日」9/20の由来とされていた。
①山田式飛行船の帝都一周飛行
②晴れの特異日
 先ず①については数年前の「空の日」・「空の旬間」のイベントで配布された公式パンフや新聞・雑誌等にも記されていた。そして、NHKもこれを前述のラジオ番組で流していた。しかし信頼性の高い年表や専門資料を調べてみれば直ぐに判るが、山田式飛行船の帝都一周飛行は代々木の初飛行の翌年の9月17日である。そのうえ山田式飛行船の初飛行は代々木の飛行機よりも、なんと3ヶ月ほど早い明治43年(1910年)年の9月8日である。従って山田式飛行船の飛行/動力飛行にこだわって「航空日」が制定されたとすると前出の航空局の解説文にある「日野・徳川両陸軍大尉が代々木練兵場にて我が国で最初の動力飛行を披露した明治43年(1910年)からちょうど30周年・・・・・」と大きく矛盾することになる。その場合解説文は「山田式飛行船の初飛行からちょうど30周年・・・・・」でなければならないはずである。国土交通省や「空の日」・「空の旬間」実行委員会、NHKもこれには気がついたようで、現在は山田式飛行船の存在についてはなにも触れていない。けれども、まだ誤った資料を基にしたと思われる記事や報道が今も巷に、はびこっているので要注意である。

 ②については調べても9/20が特異日であるとの裏付けが取れない。よって①は錯誤で②は俗説と思われるが、これだけでは9/20に由来が無いことの完全な証明にはならない。
そこで、決定的な新聞記事、昭和16(1941)年2月27日の朝日新聞をご紹介したい。これは鎌倉在住の郵便史家、荻原海一氏が見つけられた。その記事は前年の9月28日に第1回が催された「航空日」が、第2回以降については9/20に決まったと報じたものだが、その最後に小文字だが念のため『なほ第1回といひ、第2回といひその日取りは別に航空関係の意味ある日ではなく主催者間における最も都合の良い日取りとして選ばれたのである』と付け加えられていた。この記事を前にしては、いかなる説も反論できない。当時は全く余計なことであったかもしれないが、後年のことを配慮した価値ある付け足しであった。

 更に、私も興味深い別の新聞記事を航空図書館の膨大なスクラップから偶然発見した。それは代々木の初飛行の12月19日が「航空記念日」にならなかった理由である。昭和28(1953)年の戦後、航空日が復活したことを報じた6月19日の、やはり朝日新聞であるがコラム/青鉛筆によれば、代々木で徳川・日野両陸軍大尉が国内初飛行した12月19日が「航空日」に決まらなかったのは、海軍が嫌ったからだそうだ。これには、なるほどと思わざるを得ない。これならば今まで、やはり俗説で言われていた「天気のすぐれない12/19は嫌われ、晴れの特異日である9/20に決った」というよりも遥かに合点がいく。こんな裏の経緯は当初、「航空日」を決めた際には絶対に記事にできない秘話である。多分コラムの執筆者は、当初の「航空日」を選定する際に関係者から色々取材して覚えていたのであろう。海軍からすれば、代々木の初飛行は大日本帝国ではなく陸軍の快挙、慶事だったわけである。海軍はこれに対抗したわけではないだろうが、横須賀に海軍機の初飛行(1912/明治45年)に由来する「海軍航空発祥の地」碑(終戦後に撤去、その後復元)を、早々と代々木の記念碑(「日本航空発始之地」碑)に4年も先立って1937(昭和12)年に設けている。なんともいじらしく感じる。

 以上2つの新聞記事により、9/20と「空の日」、旧「航空日」には絶対的な由来は無いと判断する次第である。しかし、9/20に何も由来が無いから「空の日」はナンセンスと考えることは行き過ぎと思う。なぜならば祝日である「成人の日」、「敬老の日」なども、それぞれ1/15、9/15に元々由来があった訳ではなく、政府が法的に定めただけである。そしてご承知のように両祝日ともハッピーマンデー法で特定の日から特定の月曜日にアッサリと移行してしまった。しかし両祝日に対する国民の意識が以前と変わったようには思われないし、めでたい日として旧来より国民に定着している。したがって「空の日」も由来にこだわらずに航空局のホームページの解説の通り、公に認知された歴史ある日なのであるから、今後も我が国の航空啓発のシンボルとして盛り上がって欲しいと思う次第である。

執筆

川畑 良二

(財)日本航空協会 

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