空の安全をずっと続けるために~JAXA DREAMSプロジェクトの紹介

1.航空交通管理はどう変わろうとしているか

 アジア太平洋地域を中心に世界的に航空交通需要の増加が予想される中、我が国においても航空交通量の増加が見込まれており、国土交通省の予測(交通政策審議会航空分科会 第7回資料,2007)によれば2027年までに2005年の約1.5倍に達すると予測されています。その結果、現在の運航システムでは、空港及び空域における航空交通量増大に対する管制処理容量不足や遅延の発生による利便性の低下、空域や経路の柔軟な運用が一部に限定されていることによる航空機の効率的な運航への制約、管制官やパイロットの業務負荷の増大、ヒューマンエラーに起因する安全性への脅威、など様々な問題が顕在化する可能性があると言われています。
 これら航空交通需要の増大に起因する問題に対処するため、発展がめざましい衛星航法と情報通信技術を活用した新しい技術による運航システムの変革は、世界が共有する課題であり、国際民間航空機関(ICAO)は、2003年にグローバルATM(Air Traffic Management、航空交通管理)運用概念をまとめ、2025年を目標とする将来ビジョンとして提示しているところです。本概念では、航空交通の安全性、効率性、環境問題への対応等の目標を達成するため、以下に示す将来のATMの運用における7つの重要な構成要素を掲げています。

① すべての空域を動的に利用する空域構成と管理 (Airspace Organization and Management)
② 全天候下で処理容量と安全を維持する空港の運用 (Aerodrome Operation)
③ 需要と容量の均衡を実現する柔軟な調整 (Demand and Capacity Balancing)
④ ボトルネックの解消を実現する交通の同期化 (Traffic Synchronization)
⑤ 空域調整へのユーザーの積極的な参加 (Airspace User Operations)
⑥ 衝突回避、間隔設定の最適な管理 (Conflict Management)
⑦ 全飛行段階でATMサービスにおける情報共有 (ATM Service Delivery Management)

 これらの構成要素から見えるグローバルATM運用概念は、「航空機の運航数が増えて行くと現行システムのままでは、事故が増えたり遅延が発生したりする可能性がある。また実際それだけの航空機を飛ばせるかも分からない。こういう問題点に対して、さまざま情報(航空機の到着時刻、空港・空域の混雑状況、天候・風の気象情報など)を共有し、それらをうまく使って、柔軟(動的)に空域や航空路を変えたり、航空機の間隔や順序を変えたりして、状況に応じた交通管理を実現する」とすこし乱暴ですが解釈できると思います。
 ICAOでは2007年の総会において、このATM運用概念を指針として、地域及び国、産業界において実施計画の策定及び必要な研究開発等を促進することを継続して要請しており、米国NextGen、欧州SESARはこれに対応するプログラムとして精力的に活動していることはご存じの通りです。日本でも航空局が2010年9月に長期ビジョンCARATS(Collaborative Actions for Renovation of Air Traffic Systems、航空交通システムの変革に向けた協調的行動)をまとめました。CARATSでは、① 安全性の向上、② 航空交通量の増大への対応、③ 利便性の向上、④ 運航の効率性向上、⑤ 環境への配慮、⑥ 航空保安業務の効率性の向上、⑦ 航空分野における我が国のプレゼンスの向上、を目標とし、目指すべき数値目標、評価の指標、実現に向けた取り組み方策、を提唱しています。これらは、ICAOのグローバルATM運用概念に包括的に対応しつつ、我が国の航空交通おける運用実態、運用環境及びニーズを加味して立案された施策であり、運航システムの変革期における研究・開発の方向性を定義づけるものです。2011年3月には産学官連携の枠組みの中で施策の識別と詳細なロードマップが策定され、毎年その検証と更新がなされています。

 

2. DREAMSプロジェクトのミッション

 JAXAは、第3期科学技術基本計画の社会基盤分野における戦略重点科学技術「新たな社会に適応する交通・輸送システム新技術」で、IT技術の活用による航空交通管理技術、小型機運航支援技術、全天候・高密度運航技術の開発を国土交通省とともに担当し、目標を共有しています。そして、これらの目標を実現するために、CARATSと連携した次世代運航システムの研究開発DREAMS(Distributed and Revolutionarily Efficient Air-traffic Management System、分散型高効率航空交通管理システム)プロジェクトを2012年より開始しました。
 DREAMSでは、ICAOグローバルATM運用概念の実現に向けてキー技術を国際基準として提供すること、運航関連機関のニーズに技術移転により貢献することをミッションの目的と定め、JAXAが技術優位性をもつ航空機(ヘリを含む)技術を使った航空交通システムを開発することによりCARATSで掲げる目標を実現することをミッションとしています。
 次世代の運航システムでは、地上施設と機上側の装備の統合的な運用が重要になります(米国のNextGenプログラムでは、情報のネットワーク、分散型意思決定、ユーザー重視といったキーワードが使われています)。技術的には、CNS(Communication, Navigation and Surveillance、通信・航法・監視)/ATMに基づく管制技術に、機体ダイナミクス/GNC(Guidance, Navigation and Control、誘導・航法・制御)に基づく航空機技術が融合して将来の運航システムが構築されると言えます。
 上記の動向を踏まえ、DREAMSのミッションとして解決する技術課題を定義するに当たり、その基本方針を

 ・CARATSが掲げる施策のうち、JAXAが技術優位性をもつ航空機技術(誘導、航法、制御、機体ダイナミクス)によって解決できる課題であること
 ・CARATSが掲げる施策のうち、JAXA以外では実施できないヘリコプタ運用技術によって解決できる災害時における救援航空機の安全性・効率性向上の課題であること 

と定め、CARATSロードマップで示された安全性5倍、航空交通量1.5倍、利便性10%向上、運航効率性10%向上、等の目標を実現するための46の施策とそれを支える研究開発項目を精査し、その中からDREAMSの技術課題として以下の5つを選定しました。

気象情報技術:後方乱気流、低層風擾乱の検知・予測と管制間隔短縮、気象の影響低減を実現する 
低騒音運航技術:騒音暴露面積の予測と騒音軽減のための経路最適化を実現する
高精度衛星航法技術:電離圏異常時のGPS航法信頼性を維持し、全天候精密進入を実現する
飛行軌道制御技術:曲線進入に対応した手順・制御則を確定し、GBAS(Ground Based Augmentation System、地上設置型衛星航法補強システム)による曲線精密進入を実現する
防災・小型機運航技術:救援航空機に係わる情報共有と最適運航管理を実現する

 DREAMSのミッションで選択した技術課題とCARATSの施策および研究開発項目との対応を表1に示します。DREAMSではCARATSの8つの施策の実現に貢献することで、「空港の容量拡大(現在より多くの航空機が離発着できる)」「就航率の向上(欠航、到着空港変更を少なくする)」「環境に優しい運航」「救援航空機の安全性、効率性の向上」に効果が期待できると考えています。

表1 DREAMSのミッションで選択した技術課題とCARATSの施策および研究開発項目との対応

CARATSDREAMS
ID施策研究開発項目技術課題
OI-9精密かつ柔軟な出発及び到着・進入方式騒音予測の高精度化に関する研究開発
騒音軽減に関する方式の研究開発
高規格RNAV/RNPによる飛行方式の研究開発
低騒音運航技術
飛行軌道制御技術 
OI-25近接平行滑走路におけるスループットの改善近接平行滑走路における新たな運用方式の研究開発
近接平行滑走路における新たな運用方式の安全性評価
気象情報技術 
OI-26後方乱気流に起因する管制間隔の短縮後方乱気流の影響低減に関する研究
後方乱気流の影響低減による管制間隔短縮に関する安全性評価
OI-31 機上における情報の充実小型航空機を含む全ての航空機に対する適切な情報提供方式の研究開発防災・小型機運航技術 
OI-32運航者に対する情報サービスの向上小型航空機を含む全ての運航者に対する適切な情報提供方式の研究開発 
EN-4気象観測情報の高度化新たな気象観測技術(ハード・ソフト)の研究開発及び評価解析に関する研究気象情報技術  
EN-6 気象情報から運航情報,容量への変換気象情報と制約条件,制約条件と空港容量を関連付けるパラメータの研究開発と評価システムによる検証,航空機運航への気象の影響を低減させる技術の研究開発  
 EN-8衛星航法による(曲線)精密進入GBAS技術開発,我が国における実現性の検証,及び衛星航法による新たな運航方式の研究開発高精度衛星航法技術
飛行軌道制御技術 

注: RNAV...Area Navigation、広域航法。
RNP...Required Navigation Performance、航法性能要件。
GBAS...Ground Based Augmentation System、地上設置型衛星航法補強システム。  

 

3. DREAMSプロジェクトにおける技術開発の概要

3.1 気象情報技術

 気象情報技術は、運航に及ぼす気象の影響を低減することが目的です。離発着時、空港では安全確保のため少なくとも2分は後続機と先行機との間隔を空けています。これは、先行の航空機が残して行った後方乱気流が消えるのを待っているからです。後方乱気流は翼で揚力を得る際に翼端で下面から上面へ空気が流れるときに生ずる渦で、ここに後続の航空機が入ると危険で実際に事故も起きています。しかし、後方乱気流は地上近傍で風がないときは渦が消えるまでそこにじっと留まっていますが、風があると渦は移動するので必ずしも固定の間隔を空ける必要はありません。DREAMSでは、気象状況を反映して後方乱気流の挙動(後方乱気流パラメータ:後方乱気流の位置および循環強度)を確率的に予測して(図1参照)後方乱気流に遭遇するリスクを評価する機能と、それに基づき動的に離着陸時の管制指示間隔を最小化するトラフィックパターンを計算し管制指示間隔の短縮を目指すトラフィック最適化機能の2つのアルゴリズムを開発しています。羽田空港を模擬した交通流シミュレーションでは、通年の気象条件下(1051ケース)での管制指示間隔が、大型機50%、中型機50%の機材構成で現行より14.5%短縮できる結果が得られています。
 また、低層風擾乱といって滑走路上にできる急激な気流の変化(空港周辺に地形の起伏や建物があると風が急変しやすい)に航空機が進入すると、機体が動揺することで離発着時の安全性への脅威となり就航率の低下を招きます。DREAMSでは、空港に設置した高解像度レーダー及びライダー(光レーダー)の観測データを使って、低層風擾乱が航空機へ及ぼす運航障害の発生の程度を予測して、事前にパイロットに危険性をアドバイスすることで最適な進入のタイミングを判断してもらい就航率を向上させる低層風擾乱アドバイザリ機能を開発しています。庄内空港でエアライン(ANA)による評価を実施し(2012年1~2月)、全80便での予測検証の結果、表2に示すように運航障害(復行,機上ウィンドシア警報)発生予測のスレットスコア(注1)0.54(=7/13)、操縦困難(パイロット主観評価)発生予測のスレットスコア0.53(=27/51)を確認しました。とくにANAパイロット、運航管理者からは、発生した復行2事例の予測に成功したこと、実際の飛行状況と予測結果がよく合致していることから運航支援に有効との感想が得られています。

(注1)スレットスコア…まれに起きる事象を見逃さず、誤警報なしに予測する確率

表2 運航障害発生予測の検証結果(全80便) 

 運航障害事例操縦困難事例
 事例あり 事例無し事例あり事例無し
予測あり2716
予測無し6729

3.2 低騒音運航技術

 交通量が1.5倍に増えると地上の騒音レベルLden(時間帯補正等価騒音レベル、環境基準で用いられる航空機騒音のうるささを表す指標)は約5 dB増加すると予想され、地上でうるさく感じる人がそれだけ増えることになります。そうならないように、騒音にさらされる(騒音暴露)の影響を最小限にすることが低騒音運航技術の目的です。音も風と一緒に流れていきますし温度によっても伝わり方が変わってきます。気象条件に応じて航空機の進入経路を変えれば、現在より騒音暴露の影響を増やさないようにできます。DREAMSでは図2に示すように,気象条件に応じて空港への進入経路を最適化することにより,航空交通量が増えても地上の騒音暴露面積を現状と同等とすることを目指し,GBAS TAP(Terminal Area Path,ターミナル域経路)を用いた精密曲線進入のための経路情報を生成する低騒音経路生成機能の開発を進めています。図3は,機種(音源モデル)はB767-300、交通量は20機/時(1.5倍は30機/時)を想定、VOR/ILS (VHF Omnidirectional Range / Instrument Landing System、超短波全方向式無線標識/計器着陸システム)使用時の経路分散を模擬し(GBAS TAP使用時も同じ)、1年間の気象データを入力したときの経路最適化ありと無しの騒音暴露を比較したものです。経路の最適化を行うことで交通量1.5倍でも騒音暴露を現状と同等に抑える効果があることを示しています。

3.3 高精度衛星航法技術と飛行軌道制御技術

図4 GBASによる曲線進入の概念

図4 GBASによる曲線進入の概念

 進入着陸時には巡航時よりも精度と信頼性の高い位置情報が必要になります。DREAMSでは、航空機に搭載された慣性航法装置を利用して衛星航法の信頼性を上げることにより精度と信頼性の高い位置情報がいつでもどこでも利用可能になることを目指しています。そのため、航空機の進入着陸時に電離圏の異常(電離圏の電子密度が急激に変化する)が起きても、慣性航法装置がGPS衛星からの信号の受信を安定化させ、さらに異常が強くなり信号受信できなくなっても、慣性航法装置がバックアップの航法データを出して進入着陸を継続できるよう複合航法システムの開発をめざしています。
 天候により視程が悪くても空港にILSが設置されていれば着陸できるわけですが、計器進入が設定できる滑走路は限られており、日本の空港の半分以上は一方向からしか進入できません。これは、図4に示すようにILS方式では滑走路に着陸する前の直線部分に少なくとも5 km程度必要なため、空港周辺に山や人口密集地があると直線部が確保できずその方向の滑走路にILSが設定できないなどの制約があるからです。さらに風向きによってはILSが設定された方向に進入できないため、設定がない方向からはパイロットの目(有視界)によって進入着陸しなければなりません。その結果、視程不良は欠航要因の1/4を占めています。これを解決するものとして、地上に設置する従来のILSを、GPSを使ったGBASに変えることで、進入経路を柔軟に設定して、悪天候時にも進入出来るようにしようというのが飛行軌道制御技術です。DREAMSでは、直線部が2 km程度の曲線進入の経路を設定して自動操縦で経路に追従する技術の開発を行っています。このように、航法と制御の技術を合わせることで就航率を向上させることが可能になります。

3.4 防災・小型機運航技術

図5 D-NETの全体システム構想<br>注:QOL...Quality Of Life、HMD...Helmet Mounted Display

図5 D-NETの全体システム構想
注:QOL...Quality Of Life、HMD...Helmet Mounted Display

 東日本大震災では、災害救援航空機(ヘリ)は過去最大となる338機が集結し、これに加えて米軍機,NPO保有機なども活動を展開しました。固定翼を含めると、航空機全体で600機以上が対応しました。このとき、東北地方の天候は雪、発災時の時刻は14時46分と、春先のこの時期は日没までの時間が短かったことから、短時間で多数機に対して任務を人力で付与することには限界がありました。その後も運用拠点における情報共有の不足から多数機の効率的な運航管理が出来ず空振り出動、重複出動等の事例が起きました。また、複数の自治体にわたる広域連携、航空通信の輻輳・遮蔽、天候不良の影響による飛行制限、等にも課題を残しています。
 そこでDREAMSでは、災害時に救援航空機と対策本部等の間で必要な情報を共有して救援ミッションを安全に効率よく遂行できることを目的とする災害救援航空機情報ネットワーク(D-NET、Disaster-relief NETwork)を提案しています。救援航空機がどこにいて、どこで助けを求めている人がいるか、開いている病院はどこかといった情報を一元管理して、無駄時間(任務割り当て待ち、離着陸待ち、給油待ち等)とそれぞれの航空機の異常接近を減らして、安全で効率的な運航管理を可能にする技術の開発を進めています。情報の一元化は、図5に示すようにD-NETの完成時には人工衛星、無人飛行機も含み、任務に応じた運用のフィードバック(動的な情報収集)も可能となることを目指しています。

4.DREAMSプロジェクトの意義

 DREAMSは、必要な情報を集め、それによって航空機の動きを上手に変えることで、たくさんの航空機を安全に効率良く飛ばす、というのを基本コンセプトとしています。情報は、「乱気流」「気象」「位置」「音」「救援機の動き」「救援ミッション」などであり、技術の目的によって必要な情報は変わってきます。「固定的な飛ばし方ではなくて、状況に応じた柔軟な飛ばし方」というICAOのATM運用概念をJAXAが実現すると本稿で説明したような技術になります。
 JAXAが研究開発しているのは基本的にソフトウェア(アルゴリズム)です。それを実行するのに必要なハードウェアは、機上に衛星航法の受信機・通信機材、地上には衛星航法の設備・気象観測システム・管制システムなどがあります。そしてソフトウェアが、これら機上と地上の必要な機器にインストールされて機能を発揮します。我々の目標は、これらのアルゴリズムを国際基準として提案することにあります。国際的な規格を決める委員会でアドバイザーという形で参加しており、航空局と協力してすでに一部の提案活動を始めました。また、防災関連技術は国内の防災関連機関で試験的に運用を始めてもらっています(図6参照)。これらが順調にすすむことで、我が国の航空交通おける運用実態、運用環境及びニーズを加味して立案されたCARATSの施策に貢献し、運航システムの変革期に必要な技術をタイムリーに提供できると考えています。

執筆

張替 正敏

宇宙航空研究開発機構
航空プログラムグループ
DREAMSプロジェクトチーム
プロジェクトマネージャ

*本記事は『航空と文化』(No.106) 2013年新春号からの転載です。

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