旅行ガイドブックの現在・過去・未来令和的「るるぶ情報版」の使い方

旅行ガイドブックの現在・過去・未来
令和的「るるぶ情報版」の使い方

今だからの「旅行」への想い

日本がコロナ禍に見舞われ3回目のゴールデンウィークを迎えた。今年のGW期間は3年ぶりの行動制限緩和で、国内線、新幹線の予約数は2019年の水準には及ばないものの、前年比で大幅に増加した。また、ワクチン3回接種者に対する帰国後隔離期間の免除など、国内の渡航制限が大幅に緩和されたこともあり、ホノルル便もほぼ満席に近い便があったようだ。徐々にではあるが、確実に旅行機運は高まりつつある。
 旅行が制限されている中、各社で多くのオンラインツアーが企画されている。私も実際に参加してみたが、料金も手ごろで、準備なども不要なので手軽に参加でき、内容も満足できるものだった。また機会があれば参加してみたいが、リアルの旅行の代替ではなく、全く別のコンテンツとして楽しむものである。やはり実際に現地を訪れて、五感を通して感じとる旅行は何ものにも代え難い。
 旅行ができない状況を経験したからこそ、旅行という行為がかけがえのないものであり、私たちの心をいかに豊かにしてくれるものかあらためてその価値を認識した人も多いのではないだろうか。

激変する旅行事情の中で

近年、旅行については形態、目的、手配方法などが大きく様変わりしている。オンライン上だけで取引を行う旅行会社OTA(Online Travel Agent)が増加し、従来の旅行会社、公共交通機関などのオンラインサービスも格段に充実してきた。航空券、乗車券、宿泊施設の予約は前日であろうとスマホ一台で済んでしまうし、旅先のレジャー施設やレストランの予約までできてしまう。旅行はより身近に、より手軽になってきた。とはいえ、非日常、異日常を体験できる特別なものであることには変わりない。そして旅したそれぞれの人にかけがえのない思い出を残してくれる。
 旅行先の情報や知識を得るアイテムとして「旅行ガイドブック」がある。旅行ガイドブックもご多分に漏れず旅行手配と同様、その役割をインターネットに取って代わられた部分が少なからずある。現在、旅行の際に最も活用されている情報源は間違いなくインターネットである。私自身、旅行するときにはネット情報の収集は欠かせない。しかしながら今もって旅行ガイドブックもなくてはならないアイテムである。今回、旅行ガイドブックの編集者の視点から、日本における旅行ガイドブックの歴史を紐解きながら、あらためて旅行ガイドブックの使い方を考察していきたい。

江戸時代の旅とガイドブック

私たちが思い浮かべる「旅行」が一般的になったのは江戸時代である。とはいえ当時は現在のように自由に諸国を往来できたわけではなかった。江戸時代、幕藩体制下で領国の外に出ることは厳しく制限され、通行手形という許可証がなければ隣国への移動もままならなかった。そんな時代でも、寺社への参詣と湯治が目的の旅は例外として認められ、通行手形が発行された。寺社参詣ではお伊勢参り、大山詣、善光寺参りなどが、湯治では箱根、草津、有馬などが人気だったようである。
 当時の人々は寺社参詣、湯治といっても、せっかく手にした通行手形を携えて、足を延ばして名所、名物などを求めて物見遊山の旅を楽しんだ。当時の川柳に「伊勢参り 大神宮へもちょっと寄り」とあるように、参詣を口実に一生に一度あるかないかの長旅へ出かけた。このあたりはお上も容認していたようだ。
 人気のお伊勢参りは江戸から伊勢まで片道10~15日かけての徒歩旅行だったが、さらに京都、大阪、四国の金毘羅宮、広島の宮島まで足を延ばすものも少なくなかった。江戸時代、お伊勢参りのブームが何度かあり、江戸後期の1830年、「文政のおかげ参り」には5カ月足らずで約430万人が伊勢神宮を詣でたという記録も残っている。当時の日本の総人口から考えると実に10人に1人がお伊勢参りをしたことになる。
 このように庶民の間でも旅が広がり始めると、必然的に「旅行ガイドブック」のルーツになる書物が多く発行されるようになる。
 江戸時代、「道中記」、「細見記」、「用心集」、「名所図会」などと呼ばれる旅に関する案内書が次々と発行された。現在の旅行ガイドブック同様に旅先の名所・旧跡、宿場、特産物などが紹介されている「名所図会」や、旅先での心得や注意事項などが記された「旅行用心集」などジャンルも多岐にわたり、文章のほかに地図、挿絵などが描かれたものも多かった。このように多くの旅に関する案内書が発行されたのは、旅行者の裾野が急速に広がったこととともに当時世界に類を見ない日本の識字率の高さとも無縁ではなかったようだ。
 江戸時代に刊行された多くの旅の案内書の流れは、明治時代にも引き継がれた。木版印刷から活版印刷になると、短時間に大部数を印刷でき、より多くの旅の案内書が人々の手に渡ることになる。鉄道が整備され、旅のスタイルが徒歩から鉄道を使った旅が主流となってくると、旅先が拡大し、交通情報も重要なコンテンツとなってくる。そこで旅行ガイドブックの制作は鉄道院・鉄道省などが主に牽引した。

JTBパブリッシングの歴史について

 現在「るるぶ情報版」の発行元であるJTBパブリッシングの歴史は、大正時代から始まる。日本交通公社の前身であるジャパン・ツーリスト・ビューローが創立されたのは1912年(大正元年)、外国人(主に英米人)に日本の真の実情を知ってもらうことを目的とした組織であった。翌年には和英文機関誌『ツーリスト』が創刊された(表1)。

1912大正1 ジャパン・ツーリスト・ビューロー設立
1913大正2 英文日本案内『ジャパン』発刊、和英文機関誌『ツーリスト』創刊
1915大正4 英文『京朝漆内』『日本遊覧案内地図』など、初めての定価販売
1919大正8 最初の邦文案内書『旅程と費用概算』発刊
1924大正13 日本旅行文化協会設立(のち日本旅行協会と改称)、雑誌『旅』創刊
1925大正14 鉄道省運輸局編纂『汽車時間表』(のちの『時刻表』)創刊
1943昭和18 出版統制のため『旅』8 月号で終刊
1945昭和20 日本交通公社(JAPAN TRAVEL BUREAU)に改組、『時刻表』復刊
1946昭和21 『旅』復刊
1947昭和22 日本交通公社出版部発足
1956昭和31 『旅』に松本清張が「点と線」を執筆
1960昭和35 『ポケットインタープリター』発刊(現在の会話集シリーズに発展)
1963昭和38 『オフィシャルガイド』がウイーンでの旅行図書国際コンテストに入賞
1970昭和45 「ポケットガイド」創刊
1973昭和48 『旅』の別冊として旅行雑誌『るるぶ』創刊
1976昭和51 『るるぶ』月刊誌化
1977昭和52 旅行ムック第1号『京都』発刊
1984昭和59 「るるぶ情報版」創刊
1987昭和62 初の県別「るるぶ情報版」『るるぶ埼玉』発行、
 初の海外版『るるぶ香港 マカオ 広州 桂林』発行
1988昭和63 「るるぶ情報版」通巻第100号『るるぶソウルオリンピック&韓国』発行
1992平成4 『JTB 時刻表』通巻800号発行、るるぶ情報版通巻第500号『るるぶ京都 奈良』発行
1995平成7 「るるぶ情報版」通巻1000号『るるぶ伊豆 箱根』発行
2001平成13 株式会社ジェイティービーと社名変更
2004平成16 株式会社 JTB パブリッシングとして営業開始
2005平成17 「るるぶ情報版」通巻3000号『るるぶ京都を歩こう』発行
2010平成22 「発行点数世界最多の旅行ガイドシリーズ」(Longest book series-travel guides)
 としてギネス世界記録TMに認定
2011平成23 『るるぶ京都』「るるぶ情報版」初めての電子書籍化
2015平成27 「るるぶ情報版」多言語版発行、るるぶ情報版コンパクトサイズ「ちいサイズ」登場
2016平成28 「るるぶ情報版」通巻5000号『るるぶ京都を歩こう』発行
2017平成29 リアル店舗メディア『るるぶキッチン』オープン
2018平成30 WEBメディアサイト『るるぶ&more.』スタート

※表1 JTBガイドブックの歴史

1924年(大正13年)には、日本の旅行情報誌としては最古といわれる雑誌『旅』が創刊され、翌1925年(大正14年)に『汽車時間表』(後の『時刻表』)が創刊された。その後『旅』、『時刻表』とも太平洋戦争中に一時休刊となるが、戦後復刊され、月刊誌として継続、『時刻表』については2022年、創刊97年を迎えた(図1、図2)。

 1970年(昭和45年)日本交通公社から「ポケットガイドシリーズ」が創刊、ヒット商品となり、ロングセラーとなった。シリーズ名の通りポケットに入るコンパクトな形状で、日本全国の観光地がラインナップされていた。内容は市・町・村などエリアの説明から始まり、名所・旧跡の案内が整然と並び、グルメ紹介などはほとんど載っていなかった。全体に写真は少なく、大部分が白黒の印刷紙面であった。60年代から70年代前半にかけて、多くの出版社から旅行ガイドブックが発行されたが、そのほとんどが同様の形状(コンパクトな書籍型)と内容であった。

『るるぶ』誕生は時代の要請!?

 1970年(昭和45年)に開催された大阪万博、続いて当時の国鉄が万博終了後の集客対策として大規模に展開したキャンペーン「DISCOVER JAPAN」を境に、個人旅行が大きく増加していく。ほぼ機を同じくして1970年(昭和45年)、新しい女性ファッション誌『anan(アンアン)』(平凡出版・現マガジンハウス)、翌年『non-no(ノンノ)』(集英社)が創刊される。両誌とも旅行特集が多く、おしゃれな服を身にまとって避暑地や古都を旅するモデルの姿に読者は憧れた。当時アンノン族と呼ばれた10代後半から20代の未婚の女性たちは、雑誌やガイドブックを片手に旅へ出た。
 そんな時代の1973年(昭和48年)、「見、食べ、遊」の語尾を組み合わせた旅行雑誌『るるぶ』が創刊、1976年(昭和51年)月刊化された(図3)。

 誌面では若い女性に向けて、定番の観光地、定番の観光物件だけではないおしゃれな旅を提案した。入社間もないころ、この雑誌の特集記事によってマイナー観光地であった萩・津和野に女性客が押しかけ、人気観光地へと変貌したと編集部の先輩から聞いたのを覚えている。アンノン族、『るるぶ』の流れは、その後、旅行の主体を女性へと形成していった。女性をターゲットとして誘致するマーケティングは現在まで観光業界で引き継がれている。

そして「るるぶ情報版」6000号へ

 当時のガイドブックと女性誌との大きな違いの一つに、誌面の大きさがある。誌面が大きくなれば、写真や地図などが大きく扱え、数多く使用できる。特に写真は大きくなれば、インパクトも大きくなり、その風景、その商品と出会ったときの自分をイメージしやすくなる。文字を読むよりも視覚からのほうが簡単にその旅先に立つ自分を疑似体験できるのだ。それまでのガイドブックでは弱かった旅行への「誘い」、行ってみたいという気持ちが強く湧いてくることになる。また女性誌の旅行特集は単なる定番観光地めぐりではなく、その町全体の雰囲気を楽しむ、エリア散策的要素が強かった。結果、有名寺院の紹介よりおしゃれな喫茶店の紹介に大きなスペースが割かれた。
 このような女性誌に触発されてムック型ガイドブックというものが生まれる。ムック「MOOK」とはMAGAZINE(雑誌)とBOOK(書籍)を合わせた造語である。雑誌のような形状であるが、雑誌のように定期的に発刊されるものではない、いわば雑誌と書籍の中間的なものである。日本交通公社ではムック型ガイドブック『京都の旅』を1977年(昭和52年)に発行した。それまで旅行ガイドブックといえば「ポケットガイドシリーズ」に代表されるようなコンパクトな書籍型が主流であったが、倍以上の大きさで、雑誌のように丸めて、旅行鞄に放り込めるムック型ガイドブックは当時かなり斬新であった。
 そして1984年(昭和59年)、ついに「るるぶ」の名を冠した『るるぶ京都』が「るるぶ情報版」第1号として発行される。月刊誌『るるぶ』同様、若い女性層をメインターゲットとした。当時の「るるぶ情報版」は現在のように全てのページがカラーではなく、巻頭のみカラーで、あとは白黒の1色刷であった。巻頭は女性誌同様、グラビアページと呼ばれる写真主体のページで構成され、女性モデルが憧れの観光地で見る、食べる、遊ぶ、を体現してみせた。結果、それまでの旅行ガイドブックにはなかった臨場感を強く打ち出すこととなった。グラビアだけではなく、デザインも雑誌的作りにこだわった。整然と文字と写真が並ぶそれまでのガイドブックと違い、ビジュアルを重視し、各内容に合わせて自由にデザインがなされた。
 その後、日本全国の「るるぶ情報版」が次々と発行されることになる。1987年(昭和62年)には観光地ではない初の県別版『るるぶ埼玉』、同年初の海外版『るるぶ香港 マカオ 広州 桂林』、2003年市区町村版『るるぶ練馬区』、2005年万博版『るるぶ愛知万博へ行こう』とラインナップが拡大していった。
 2010年には通巻4000号を超え、“発行点数世界最多の旅行ガイドシリーズ”としてギネス世界記録に認定された。今年で、第1号の『るるぶ京都』発行から38年、8月には通巻6000号を達成する予定である。

「るるぶ情報版」5 つの要素とは

 基本的な「るるぶ情報版」は5つの要素で構成されている。①早わかり、②特集、③エリアガイド、④交通情報、⑤地図、の5つである。『るるぶ鎌倉’23』を例にとってそれぞれの役割と編集者の意図を考えていきたい(図4)。

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 ①「早わかり」は、鎌倉の観光について多面的にざっくりと把握するページである。最初のページの「鎌倉ってこんなところ」はイラストマップを7つに色分けし、それぞれ色分けされたエリアの説明が簡略に案内されている。これで繁華街や有名スポットがどの辺りにあるのか、駅や海からの距離感、エリア間の位置関係などが容易に把握できる。各エリアの人気スポットも一目でわかる仕掛けとなっているので旅のプランニングのとっかかりになるはずだ。次ページに続く「モデルプラン」では、ビギナー向けの王道モデルコースから編集部が提案するテーマ別モデルコースまで6つのモデルコースが用意されている。王道モデルコースは、はずすことのできない人気物件を網羅しているので、初心者ならこれを柱にアレンジを加えれば安心だ(図4)。
 現在の「るるぶ情報版」に創刊時にあった巻頭グラビアページはなくなったが、その役割は②特集に引き継がれている。編集部が特におすすめするスポットやテーマを、写真を大きめに使い深掘りしている。
 ③エリアガイドはエリアごとに区切ってまとめたガイドページで、各エリアの見る、食べる、遊ぶ、買うなど編集部がおすすめする各ジャンルの物件が数多く掲載されている。目的のスポット周辺で、レストランやカフェなどを探すときにも便利に使える。
 ④交通情報は「鎌倉への交通」と「鎌倉での移動」2つに分けられている。「鎌倉への交通」は、各地から鎌倉へ行くアクセスガイドである。交通情報は、どうしても説明文が長くなってしまうので、なるべく図解して、各アクセスの乗り換え、料金、所要時間などが、説明文を読まなくても図を見るだけで比較できるよう工夫されている。「鎌倉での移動」は鎌倉のエリア内でのアクセス情報である。鎌倉の場合、江ノ電、バス、徒歩が主な移動手段になるので、これらの移動手段を使った各スポット間の運賃、所要時間などが簡単にわかるよう図解し、プランニングの参考になるようになっている。また、交通情報で重要なのが「お得きっぷ」の情報である。鎌倉に限らず多くの観光地で、公共交通機関の乗り放題きっぷなど、お得で便利なきっぷが発売されているので、旅のプランに組み込みたい。
 ⑤地図についてだが、「るるぶ情報版」の地図は別冊付録となっていて取り外して使えるものが多い。地図のサイズや縮尺、範囲、点数などは読者が使いやすいように編集者が考えて作成している。小縮尺の広範囲地図は全体把握が、中縮尺地図は徒歩圏内の道順が、大縮尺地図はストリートの様子までもが確認できるようになっている。目的のスポットが全体のどの辺なのか、周辺に何があるのか、物件間の位置関係はどのようになっているのかなどが大きな誌面で容易にかつ迅速に把握できる。また、事前に行きたい場所にマーキングしたり、ルートを書き込みしたりとアナログな備忘録としても使い勝手がいい。

旅行の楽しさはプランニングで決まる

 「るるぶ情報版」の5つの要素を使って実際にプランニングするには、まずは①早わかりで目的地(地域)を多面的にざっくりととらえ、モデルプランを見て行程のイメージをつかんでおく。次に②特集と③エリアガイドで具体的に行きたいポイント(物件)を決め優先順位をつけておく。最後に④交通情報と⑤地図を使って行きたいポイントを一つの線にして繋いでいく。予算や時間、優先順位を考えながら、この作業を行ったり来たりして旅行プランを組み立てていくのである。また、この過程において意図せず様々な情報が一覧できるので、新たな魅力や有用な情報が発見できるはずだ。
 誰もが楽しみながら目的地(地域)の概略やしたいことが “簡単にわかる”、そしてプランニングが “簡単にできる” のが「るるぶ情報版」である。しかしながら “簡単にわかる” や “簡単にできる” 旅行ガイドブックは簡単には作れない。
 かつて先輩から、編集という仕事は読んで字のごとく「集めて編む作業だ」と言われた。膨大な情報を集めて、その中から読者が欲しいと思う価値ある情報を選び出し、読者が理解しやすいように表現する。そして、それらを一つに編み上げるのが旅行ガイドブックの編集である。無駄なものを大胆にそぎ落とし、伝えたいものを浮き立たせ、簡潔に組み立てていく作業は多くの知識と経験がなければ簡単にはできない。どんなに貴重な情報であっても、誰もが理解でき、使えるものでなければ意味をなさないのである。
 ネット情報だけでもプランニングができないわけではないが、旅のプロが編集という手を加えた「るるぶ情報版」なら、ぱらぱらとページをめくりながら誰もが簡単にプランニングができ、発見と旅へのワクワク感を与えてくれる。旅行の楽しさはプランニングで決まる。そしてプランニング自体が旅の楽しさの一部である。プランが決まれば、乗り換え案内、観光物件、レストランなど個々のリアルタイムの詳細情報はネットで検索すればいい。

旅行ガイドブックはどこへ

 旅行者のニーズが多様化する現在、JTBパブリッシングでは年間国内版110タイトル以上、海外版40タイトル以上の「るるぶ情報版」を発行している。また、オンライン地図との連携、電子版や小型版「ちいサイズ」の発行、WEBメディアサイト『るるぶ&more.』の展開など情報提供の形も多様化してきた。旅行ガイドブックがこれまで常に変化して、読者、時代のニーズに応えてきたように、今後も進化し、価値ある旅行情報を提供し続けていくことが我々の使命であると考えている。ただ、旅行は非日常、異日常を体験できる特別な時間であり、人々にかけがえのない思い出を与えてくれるということは、今も昔も変わらない。我々が提供する旅行情報がそんなかけがえのない時間を過ごすための一助になれば幸いである。

執筆

小松田 淳

*本記事は『航空と文化』(No.125) 2022年夏季号 (同年7月15日発行) からの転載です。

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