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第1回 「航空宇宙輸送研究会」 記念講演

わが国の宇宙ロケット文化を変えたい

2001.8.1
宇宙科学研究所 教授 稲谷芳文


ロケットの次のゴール

「宇宙は最先端の仕事場だ」と言われるのですが、現実はどうでしょうか。宇宙やロケットの仕事は、税金を使って研究者が自分の研究テーマを満足させる学問として社会との接点の少ないところで進められることが多く、専門家集団、ロケット屋の論理が先行しがちです。税金を使うならば、世の中の人々に理解してもらえる仕組みで、喜んでもらえる仕事をするべきであり、質的な転換が必要になっています。宇宙ロケットが、高額ではあるけれども経済活動の一貫として研究開発されており、これだけ世の中に貢献しているんだということや、費用対効果を意識してやっているんだということを積極的に示すことが大切になっています。「宇宙ロケットの打上げに失敗して100億円がすべて雲散霧消した。ごめんなさい。また資金をください」では世の中に通らなくなってきました。
そもそも、究極的に宇宙に何を運ぶことを目指して、多額の税金が投入され研究されているのかを議論する必要があります。このような大規模な開発投資は、現状の通信や放送などといった需要は勿論のこと、将来に高頻度かつ大量の宇宙への往復を必要とする需要が見込まれなければ、とても回収できないといわれています。投資の回収という意味において、宇宙旅行または宇宙空間の体験あるいは観光は、宇宙空間へ一般人を大量に輸送する理由付けを合理的に行う現実的な可能性のひとつでありましょう。
地上と地球周回軌道の間を往復する輸送機の実現は技術的にどれくらいの成熟状況にあるかといいますと、あと少しの技術開発により航空機のようなスタイルで運航が可能であるとされています。その輸送機に乗る人間が、旅行や観光が目的である一般人を想定しているとすれば、そして、それが、民間輸送の形式で行われるとすれば、国が税金を投入して行われてきたこれまでの宇宙開発の事業とは自ずから異なった形態の研究・事業になるべきでしょう。その場合、経済的な成立可能性や制度的な制約など、いろいろな課題が検討されなければなりません。
そうしたことから、日本航空協会の本研究会の発足に大きな期待をもっています。


飛行機と単段式ロケットの比較


計画当初のスペースシャトル整備のイメージ
(実際にはこのようにスマートにはいかなかった)

実際のスペースシャトルの整備

ロケットには航空機などの輸送機関とは異なる特徴的な条件があります。
飛行機は、地上のA地点からB地点に飛びます。飛ぶスピードは需要によって決まります。音速機でも行けますし、プロペラ機でもB地点に着きます。しかし、ロケットの場合、地球を周回するには、秒速8kmという速度が必要です。実際には重力や空気抵抗があってさらに秒速1km程度の余分の加速が必要です。いずれにしろ、スピードは決まっているのです。図1をみてください。燃料を燃やす前の重さ(燃料+機体+荷物)と燃焼後の重さ(機体+荷物)の比を横軸に、達成される最終速度を縦軸にしています。この図の範囲では固体ロケットの場合、毎秒8kmに達し得ず、液体水素ロケットの場合10くらいの所に初めて答えがあることになります。要するに、単段式(SSTO―Single Stage To Orbit)ロケットで打ち上げたものを全部軌道に投入するためには、液体水素を燃料としたロケットで重量比が10の程度のものを作ることが必要であることが分かります。現在までに作られたロケットはこのように軽くはできないので、これを多段式にして燃え終わったら下の段を次々に捨てて身軽にしていくことで、地球周回に必要な速度を得るわけです。
重量比が10ということは、打ち上げ時の重量のうち燃料が9割、残りの1割を機体と荷物(乗客)とすることです。たとえば、ジャンボジェットと同じくらいの大きさで離陸時に300トンの重量がある機体を考えると、270トンは燃料重量で、残る30トンを機体重量25トンと荷物重量5トンというように配分をします。機体だけで30トンになってしまえば荷物は運べません。30トン以上になれば周回軌道の速度は達成できないことになって宇宙に行けません。ところで、ジャンボジェットの機体重量は100トンですから、打ち上げは論外です。ロケットはこれほどまでに燃料を必要とします。ちなみに自動車と飛行機について重量比をみると、飛行機では航続距離によっても違いますが、図2のように、燃料は機体の半分程度です。他の乗り物に比べて、ロケットの全体に占める荷物輸送量の少なさが分かると同時に、SSTOで宇宙に行くためには機体の軽量化が如何に大切であるかが分かります。
これらのことから、性能のよいロケットを作るために本質的に必要なことは
(1) 燃焼ガスの排出速度を大きくする
(2) 機体をできるだけ軽く作る、つまり重量の比を大きくする
(3) 大気中での推力の損失を抑えるためにエンジンの高圧化や排気ノズルを工夫する
の3点に集約されます。(1)については、液体水素と液体酸素を用いたエンジンは既に実用化されています。(2)については、90%の燃料をできるだけ軽い金属の薄皮で覆うことです。これまでのところ、複合材によってかなり軽量化が図られています。軽量化できた分だけ、機体のてっぺんに荷物を少し多く乗せることができます。設計が間違って薄皮を厚くすると、それだけ荷物を載せる分が減る。飛行機と比べてロケットはこの感度がとても大きいのです。
――「飛行機とロケットの比較がそもそも間違っている」とロケット屋が主張しますが、研究とか開発とかの枠に閉じこもった従来のロケットの仕事から脱却しなければ、ブレークスルーは得られません。「どうしたら、ロケットを飛行機に近づけるか」に取組む新しい研究のありかたに変えていきたいと思います。


完全再使用によるコスト低減と「観光丸」の仕事


地球周回軌道上を飛行中の観光丸

現在の形式のロケットが改革されなければならないとされる重要な動機は、輸送にかかるコストが他の乗り物に比べて高いという点です。H2Aを例にとりますと、1kgの荷物を地球周回軌道に投入するのに大体100万円の費用がかかります。使い捨て型ロケットはなにしろ一回で捨てるわけですから、画期的なコストダウンを図ることは困難で、つぎの時代に目標とすべき数字は1桁以上2桁のコストダウンです。この目標は、先に挙げた幾つかの技術課題を解決して、完全な再使用化を実現し航空機と同様の運航形態、すなわち高頻度かつ大量の輸送を実現することによって達成できると考えています。
そこで考えられなければならないのは、大きくは運用も含めた繰り返し飛行のための課題克服であり、乗客の安全確保です。
第1の点ですが、スペースシャトルは部分的な繰り返し飛行を実現した唯一のシステムです。しかし、これまでに飛行したシャトルの機体とエンジンのターンアラウンドに要した日数を調べてみると、4機体制で10日に1度として当初計画された飛行回数からは遠く、機体の繰り返し飛行間隔は150日の程度、エンジンのデータによると飛行ごとに交換が繰り返されている場合も多く、再使用化に伴う技術的な困難さを十分に克服したとはいえません。ターンアラウンド中に行うべき作業が予定を大幅に上回り、各飛行間で行う点検作用やつぎの飛行のための検査は新規に製造した機体に対するものに匹敵するためであるといわれています。
第2は、とりたてて訓練を受けていないツーリストとしての乗客の安全を確保する点ですが、現在のロケットでは、打上げの段階では、外部に危険のおよぶ可能性のある空域や海域から他の船舶や航空機を排除して行い、不具合が起きた場合は、機体自身を破壊して飛行を中断し他に危険が及ばないようにしています。有人飛行についてみても、これまでのところ飛行の全てのフェイズでの不具合に対して宇宙飛行士の安全が飛行期間を通じて確保されているとはいえません。ところで、航空機ではいわゆる公共交通機間として、通常、乗客や外部に対する安全確保のために機体やエンジンに対して種々の基準が詳細に定められた「耐空性審査要領」が適用されています。たとえば、双発以上のエンジンのうち、1機が不具合や火災が発生したときに自ら消火できて、かつ規定の操縦性を損なわず安全に着陸できなければなりません。この他、地上で乗客が危険な状態になったときは90秒間のうちに全員が機外に脱出できることなどを定めた規定もあります。現在のロケット設計には航空機のような厳格な基準を満たすことは求められていませんが、大量輸送の公共交通手段となれば、航空機と同種の基準を満たしたものに対して国が免許を与えるというようなスキームも必要になるでしょう。
これらの他にも、保険適用、地上設備、燃料の供給、離着陸場、騒音環境問題等など、通常の航空機と同様の運航の形態や社会的に受容されるために検討されるべき課題は多岐に渡ります。
 古臭いロケット屋から脱却を目指している人間が集まって日本ロケット協会の中に色々な研究会を立ち上げて、先程来お話ししているコンセプトで「観光丸」を設計して来ました。詳細は『航空と文化』2000年1月号で舟津座長が書かれているので、ここでは割愛しますが、「観光丸」の仕事は、国の研究所などの人が技術研究として研究者の研究のための満足のためだけにやったものではなく、世の中に何が必要か、そのために何をするべきか、という利用者側からの要求や社会的,経済的に受け入れられるための条件を考えて仕様を決めて作った初めてのロケット設計です。ロケットの技術の話だけにとどまらず、二桁の輸送コストダウンを実現した世界のイメージを具体化してロケットの目標を示すことが「観光丸」の仕事の意義だと思っています。
輸送の革新とは、このような質的に異なる需要を相手にして初めて実現するものなのだろうと思います。克服すべき課題は山のようにあります.ロケット屋だけでは解決できません.この研究会で多くの議論がなされることを期待しています。

宇宙研における再使用ロケットの実験


秋田県能代にて飛行実験準備中の
再使用ロケット実験機

さて、私達が宇宙研の基礎研究として「税金」を使わせてもらって今やっている仕事について話します。
これまでにお話しした再使用とはどんな物かを実際に経験してみよう、ロケットを降ろしてもう一回飛ばすとはどういうことか、機体のシステムをどう構成するか、故障したらどう対応するか、などなど考えてとりあえずモノを作ってみよう。その成果を踏まえて高性能化していこう――そういうことを考えて再使用可能往還機(RLV―Reusable Launch Vehicle)のスケールモデルをつくり、秋田県能代の実験場で実地に飛ばしてみました。一人前に液体水素のロケットです。
能代ではこれまで2回実験をして合計5回飛ばしました。前回の実験ではとりあえずエンジンむき出しで何とかフラフラと繰り返し飛行を経験しました。今回はもう少しスマートに飛ばして3日連続ターンアラウンド,機体にカメラをつけて旅行者が見るであろう景色を撮影してみました。地上22mですから、残念ながら地球が丸く見えるところまでは上がりませんが、映像は十分にイメージを逞しくしてくれます。飛んでいる間に異常を検知した場合どうやって安全に降ろすか、次に飛ばすまでに何をやったらよいか、と再使用に固有の色々な問題の答えを探すべく機体のシステムやソフトウェアに色々と工夫してみました。
実験は苦労も多いですがはじめてのことばかりで大いに勉強になります。機体のどのシステムも求められる内容が使い捨てロケットの場合とは全然違う、小規模な実験でも「隗より始めよ」を示したかったのです。まだまだ試行錯誤は続きますが、5年くらいかけて実験機を大気圏の外まで飛ばして、元の場所に戻す。その次に地球上を周回させる・・と発展していく図式をつくれば、世の中を前に加速できるのではないかと思ってやっております。

終わりに


着陸直前の再使用ロケット実験機

われわれロケット技術研究の人間は、これまで、今日何ができるのかという視点で研究をやってきました。目指すべきゴールは何かの議論をまともにして来ませんでした。今日や明日の仕事と将来の仕事が残念ながらブリッジできていません。それをブリッジするには、例えば「観光丸」のスタディの結果を肴にして,具体的なアプローチの方法を示すことが今必要なことではないかと思います。ゴールのイメージを明確にして将来の可能性を追及していくことの積み重ねが宇宙輸送の質的な革新をもたらし、新しいロケット屋の仕事を加速していくと信じています。みなさまからのご理解とご支援をいただきたいというのが私の願いであります。













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