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 安全文化を創っている組織  
-ヒューマンファクターを考える(8)-
黒 田  勲
2006.10.15
   
   
  前回は事故や不祥事から見える「安全文化とは何か」と言うテーマを述べた。しかし昔から安全文化を続けてきた組織が存在する。その一つがカンタス航空である。

 カンタス航空が有名になったのは「レインマン」と言うドタバタ映画である。記憶力だけが抜群の、少し精神未発達の兄をシカゴからロス・アンジェルスに連れていく時、どうしても世界一安全なカンタス航空以外の飛行機は嫌だと言って駄々をこねるところから始まる。

 1920年創立の、オーストラリア国営のこの会社は、1951年から死亡事故が発生していない。使用している航空機も他の会社とは変わらないし、科学技術水準も世界一ではない。社員も日本航空の半分くらいである。現地調査や文献によると、どうもこの会社の安全文化が原因で、その根底には、豪州人特有の「頑固、剛直、自由の豪州気質と開拓精神、孤立無援の自律精神」の国民性が脈々と流れていると思われてならない。

 まず フライト・オペレーション・マニュアルの第一頁目に「機長の運航上の全ての決心は、会社憲章のこの言葉に基づいてなされなければならない」と書いてあって、しかもたった一行“Safety before Schedule”とある。これは1936年から変わらない会社憲章である。カンタス航空のパイロットに聞くと「Better late than never !(二度と再び着かないよりは、遅れてでも着いたようが良い)」と言うことである。日本企業の安全憲章は沢山羅列して、しかも社長が変わるたびに変わるが、カンタス航空ではたった一つの憲章を70年以上掲げて強情にも変わらない。どうして変わらないのかと聞くと、怪訝な顔をして「いいものは変わらなくともいいだろう」と答えが返ってくる。

 次に、安全担当者が20年以上も変わっていない。まるでその組織の生き字引で、世界の航空安全を高い視点から隅から隅まで何でも知っている「主」である。だから当時流行であったCRMもユナイテッド航空や、KLMからの借り物ではなくて、豪州人の国民性に合致する方式を2〜3年かけて独自のCRMを苦労して開発している。

 社長をはじめ、全員が飛行機を飛ばしている限り、いつ事故が起きても不思議ではないとの危機意識を持っている。だから安全会議資料はまず社長の所に回覧され、社長の細かいコメントがついてきて、安全に関する予算は優先的に支出される。「安全が高くつくと思うなら、事故を起こしてごらん!」と言うのがこの会社の哲学である。

 整備も、離れ小島から出てゆく飛行機は、オーストラリアの母基地に帰ってくるまで絶対に不具合を生じないことを目途として、「Apprentice Center(徒弟センター)」と名づける自家養成所で鍛えられた整備員が「まるで恋人を優しく抱くような(Tender Love Care)」の整備を実施している。整備の信頼性は米国のNASAが折り紙をつけるほどである。

 安全文化とは斑模様の付け焼刃ではなく、永年培われた滲み出るものであるようである。

くろだ いさお、日本ヒューマンファクター研究所 所長

冊子版「航空と文化」2003年新春号より転載

 
         
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