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型式証明制度の意義
―航空機の安全性を確保するために―*

国土交通省 航空局
安全部 航空機安全課長

川勝 弘彦


*本記事は『航空と文化』(No.107) 2013年夏季号からの転載です。
2013.11.25
 
     
   現在、我が国初の国産ジェット旅客機MRJの開発が進められ、年内の初飛行を目指して設計・製造が行われています。型式証明は、航空機が安全性基準、環境基準に適合することを製造国の政府として審査・確認するもので、同機が運航を開始する上での大前提となるものです。このため、この機会に、型式証明の概要を説明することとします。

1.国産航空機開発の歩み

 現在、三菱航空機(株)により三菱リージョナルジェットMRJの開発が進められていますが、国産旅客機の開発としては実にYS-11以来半世紀ぶりになります。(図1)日本航空機製造(株)が開発したYS-11型機は、1964年に型式証明を取得し、世界の航空会社や海上保安庁、自衛隊でも使用され、一部は現在でも飛行を継続しています。しかしながら、生産機数は182機にとどまり、決して成功とは言えませんでした。

 
 
図1 国産航空機開発の歩み
 
   YS-11以外にも、1960年代には、10人乗りの双発ターボプロップ機である三菱重工業製MU-2型機や、4人乗りの単発プロペラ機である富士重工業製FA-200型機が製造され、それぞれ765機、299機が製造されました。このほか、三菱重工業(株)のビジネスジェット機であるMU-300型機(11人乗り)や中型ヘリコプターであるMH2000型機(10人乗り)が型式証明を取得していますが、いずれも製造機数は少数に留まっています。一方で、川崎重工業(株)が欧州との共同開発を行った小型ヘリコプターであるBK117型機は、昨年末に日欧合わせて1000号機目を納入しており、大きく成功したプロジェクトといえます。このように、YS-11型機以降は、小型、社用機クラスの航空機の開発が中心でした。
 そのような中でMRJは約90人乗りのジェット旅客機であり、空気抵抗を抑える等最新の機体設計の実施、炭素繊維複合材技術の導入、非常に燃料効率の良い次世代エンジンの採用等、最新の技術を取り込み、低燃費、低騒音を実現するとしています。政府全体で支援するプロジェクトとして開発が進められていますが、航空局としては、型式証明の実施を通して安全性をしっかりと審査・確認し、対外的にもこれを示していくことが、本プロジェクトの成功にとって重要であると考えています。(図2

 
 
図2 国産ジェット旅客機の開発計画
 
 
2.航空機開発から運航までの流れ

 航空機の開発は、航空機の基本的な仕様・設計の決定後、詳細な設計の実施及び同設計の基準適合性の証明を行い、型式証明を取得します。その後、航空局は、製造された一機一機について型式証明を取得した設計通りに製造されていることを確認し、耐空証明書を発行します。そして、運航者は、同耐空証明書を機内に備えて運航することとなります。(図3
 なお、型式証明では、その後製造される航空機が設計通り製造できる体制であることを確認するため、製造方法や製造の品質管理についても確認しています。

 
 
図3 航空機開発から運航までの流れ
 
 
3.型式証明と耐空証明

 国際民間航空条約(シカゴ条約)及びその附属書には、耐空証明及び型式証明について、規定しています。まず、シカゴ条約三十一条において、航空機は、登録を受けた国が発行した「耐空証明書を備え付けなければならない」と定めています。また、第三十三条には、航空機が登録を受けた国が発給した「耐空証明書が、この条約に従って設定される最低標準と同等又はそれ以上のものである限り、他の締約国も有効と見なさなければならない」と定めています。そして、型式証明及び耐空証明の枠組み及びその最低標準となる耐空性基準が、シカゴ条約第八附属書(航空機の耐空性)に規定されています。
 また、シカゴ条約では、航空機の製造・設計国がその航空機の安全性について第一義的な責任を負うこととなっています。

4.型式証明審査の流れ

 型式証明は、まず、申請者から申請書が提出され、初回審査会を経て、適用基準案が作成されます。次に、申請者は、適用基準への適合性を証明する具体的な計画をとりまとめた「適合性証明計画」を作成します。そして、これに基づき、試験や解析を行い、航空局はこれに係る審査を進めることとなります。また飛行試験を開始する前に、飛行前審査会を開催し、飛行試験を行える状況にあることを確認します。そして、飛行試験を行うことが可能と判断された後に、試験飛行等の許可を発出します。その後、飛行試験が実施され、また、他の地上試験や解析作業も並行して進められることになり、航空局はこれらに立ち会い、適切に行われていることを確認します。必要な解析、試験等の内容を航空局が審査・確認し、適合性証明計画に示された全ての証明項目が完了していることが確認された後、型式証明書が発行されることとなります。(図4

 
 
 
図4 型式証明審査の流れ

 
  5.適用基準の決定

 適用基準には、耐空性基準、騒音基準及び発動機排出物基準があり、騒音及び排出物の基準は、シカゴ条約の第十六附属書の内容と同等となっています。
 耐空性の基準は、航空法施行規則附属書第一に規定され、更に詳細は、「耐空性審査要領」に定められています。MRJに適用される耐空性基準は耐空性審査要領第Ⅲ部(飛行機輸送T)となりますが、これは米国の連邦航空規則(FAR)の第二十五部と同等となっています。この基準は、事故の発生等に応じて順次見直されていますが、型式証明申請時点で最新のものを用いることとなっており、また、その後の改訂版を適用することも可能となっています。(図5

 
 
図5 耐空性の基準
 
 
 これらの基準をそのまま適応することが適当で無いと判断される場合には、①特別要件、②同等の安全性、③適用除外が活用されます。
特別要件
  航空機の設計の特徴が前例のない又は通常と異なる場合で、既存の基準に適切な基準がない場合に、追加して設定する要件。 
同等の安全性
航空機の設計が、現行の基準を厳格に適用することが著しく困難で、同基準によるものと同様な証明を他の方法により実施することが可能な場合に認められる。
適用除外
  航空機の設計が、現行の基準を厳格に適用することが著しく困難で、当該基準の適用による証明が無くとも耐空性基準で要求される安全性が確保可能な場合に、その基準の適用を除外するもの。

6.適合性の証明

 このようにして適用基準、適合性証明計画が出来ると、次は適合性の証明を行うこととなります。証明方法としては、図面による証明、解析書等による証明、試験による証明の他、規定書類を作成することによる証明があります。(図6
 解析書の審査としては、強度解析、飛行性能等の解析、安全性解析等、様々な解析があります。また、各装備品単体の機能試験があり、油圧装置、降着装置、電子機器や各種計器等の機能試験やエンジンに関係した各種試験等があります。また、複数の装備品を含むシステムとしての試験、供試機体を使用して行う全機強度試験、実際に飛行して行う飛行試験等、様々な試験が行われます。

 
 
図6 適合性証明の方法
 
 
 強度を保証するための試験を例として説明することにします。まずは、材料単体や要素試験片の試験により、材料特性(強度、環境による影響)、設計に使用可能な材料強度や基本的な設計値を決定します。更に、部分構造を試作し、基本的な構造に対する解析手法や破壊条件の妥当性の評価や、製造手法の評価を行い、強度解析の精度を向上させていきます。また、主翼や尾翼などの構造については、実物と同等のものを製造し、強度試験を行い、必要な強度が得られているか確認を行います。(図7

 
 
図7 強度を保証するための試験

 
   また、航空機全体についても、必要な静強度、疲労強度が実現されているかを実証するため、全機静強度試験、全機疲労強度試験を行います。静強度試験では、規定が求める最大の荷重(終局荷重)まで耐えることが出来るかを確認します。また、疲労強度試験では、運航中に想定される様々な繰り返し荷重を、想定される運航期間の2倍以上について行い、必要な疲労強度があることを確認します。

7.設計検査認定制度の活用

 これまでに説明してきた適合性の証明は、型式証明の申請者が適合性を示すための解析や試験を行い、これを航空局が審査や立ち会いを行い、確認することとなりますが、この国が実施する設計に係る検査業務の一部を民間に委託できる制度として「設計検査認定制度」があります。これは、航空機の膨大な設計審査及び検査業務を全て実施するための組織を国が保有することは効率的で無いため、型式証明の申請者である航空機設計組織の能力を確認した上で、国と認定組織で業務分担を行い、経験・実績等を踏まえ委任することにより効率的に型式証明活動を進めるものです。このような枠組みは、米国や欧州等でも広く行われており、我が国でも同様の枠組みを活用し、審査業務を進めることとしています。

8.航空機の耐空性を維持するための枠組み

 シカゴ条約では、航空機の耐空性を維持するための枠組みを定めていますが、設計国の義務として、設計国は登録国に対して耐空性を維持するために必須の情報(耐空性改善命令)を通知しなければならないと定められています。登録国(運航国)は、設計国から耐空性を継続するための情報の通知を受けた場合、自国の航空機について適切な対応を行わなければならないと定められています。
 例えば、米国で設計・製造される航空機の耐空性を維持するために点検や修理が必要となった場合、米国の航空当局であるFAAが耐空性改善命令(AD)を発出し、米国の運航者に対して必要な命令を出すとともに、我が国にも同命令を出したことを通知します。これを受け、航空局は、日本の運航者に対して同内容の耐空性改善通報(TCD)を出すことになります。将来MRJについて耐空性の維持のための検査等が必要となった場合には、逆に航空局がまず耐空性改善通報を発行し、運航国に同情報を提供することになります。(図8

 
 
図8 航空機の耐空性を継続するための国際的な枠組み

 
  9.運航・整備要件評価グループの活動

 新規の開発された旅客機を航空会社が使用する場合、型式証明を取得すればすぐ運航可能というわけではありません。①航空機乗組員の試験・技能審査・訓練要件の評価、②運航に必要な装備品を規定するMMELの評価、③定時整備の基本的な要件を定めるMRBRの策定に関する評価といった航空機の整備に係る活動が必要となりますが、これらの活動をAEG(Aircraft Evaluation Group)活動といいます。(図9
 
 
図9 運航・整備要件評価グループの活動
 
   ここでは、航空機の整備について、少し具体的に説明することとします。
 航空機の整備については、型式証明の要件の中でも耐空性を継続するための指示書を作成することが求められています。型式証明で求められるものとして、「耐空性限界」があり、必須な部品の交換時間や検査間隔、検査手順等を定めることとなっていますが、これら以外の整備要件は、型式証明には含まれません。
航空機、装備品の製造者や運航者により構成される「航空業界運営委員会」(ISC:Industry Steering Committee)が会議を重ね、整備の実施間隔、実施手順等の基本的な枠組みを定める「整備方式審査会報告書」(MRBR:Maintenance Review Board Report)の案を作成し、航空局がこれを承認することとなりますが、このために必要となる審査は、AEG活動としてISCの活動と密接に連携して行われることとなります。

10.あとがき

 以上のように、型式証明を行うためには膨大な業務を行うことが必要になります。
 航空局では、MRJプロジェクトが始まる前から型式証明業務を行ってきましたが、我が国初のジェット旅客機の型式証明を適時適切に行うため、平成16年に名古屋に国産航空機の型式証明を担当する「航空機技術審査センター」を設置し、その後段階的に組織の拡充を行い、現在では73名規模の組織となっています。
 また、MRJに係る型式証明は、FAA及び欧州の航空当局であるEASAにも申請がなされています。このため、航空局では、これら関係する外国の航空当局とも密接に連携し審査を進めています。
 航空局としては、今後の日本の航空機産業が一層発展することを期待しつつ、型式証明業務を確実に実施すべく取り組んでいます。
 
  (おわり)   
 

国土交通省 航空局 安全部 航空機安全課長

川勝 弘彦(かわかつ ひろひこ)

 
 
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