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航空・空港DXのコア技術
~顔認証・生体認証の最新動向~

東北大学特任教授(客員)、日本電気株式会社 NECフェロー
今岡 仁
日本電気株式会社 グローバルイノベーション戦略本部
井上 岳
*本記事は『航空と文化』(No.124)
2022年新春号からの転載です。
2022.05.25
 
 

1.はじめに

 新型コロナ感染症拡大が航空業界に大きな影響を及ぼしています。航空業界が再び活力を取り戻すため、移動の安全確保や感染防止対策が航空・空港により講じられる必要があります。さらに、「あそこを訪れたい」「これを経験したい」といった体験価値を人々に提供し、交流人口を再拡大する仕掛けも必要です。移動に伴う煩雑さなど、あらゆるバリアを取り除く取組が期待されます。航空輸送システムを安定して提供する観点から、航空や空港の経営のスマート化が重要です。管理運営に伴うコスト削減、非航空系収入の増加などに向けた対応が急務です。
 「DX」(デジタルトランスフォーメーション)という言葉がよく聞かれます。経済産業省によると、「将来の成長、競争力強化のために、新たなデジタル技術を活用して新たなビジネス・モデルを創出・柔軟に改変する」ことと定義されています。
 航空・空港においてもDXへの取組が急務です。空港では、①非航空系収入の多様化、②顧客体験(CX)向上、③セキュリティ・保全の強化、④空港運用高度化・自動化などの取組が既に進められていますが、DXによる再加速が重要です。空港経営がスマート化され使用料が低減されれば、エアラインにもメリットが生じます。
 さらに、アフターコロナの航空・空港では、これまでの取り組みに加えて、⑤非接触化やディスタンスの減少、⑥デジタルタッチポイントによる手続の簡素化、⑦搭乗前・降機あとの健康チェックといった対応が日常のものとなるでしょう。
 こうした航空・空港DXのためのコア技術の1つとして期待されるのが、顔認証・生体認証技術です。IATA総会決議において顔認証・生体認証技術の重要性が確認されています。さらに、顔認証・生体認証と、映像分析技術やクラウド、AI、センシングを組み合わせることにより、航空・空港のDXが飛躍的に進展します(図1)。本稿は、航空・空港DXのコア技術である、顔認証技術・生体認証技術の最新動向を解説するとともに、国内外空港における適用事例を紹介します。

 
     
図1 航空・空港DXにおける生体認証の役割
空港規模に関係なく、生体認証をコアにしたDXが大規模に推進されている。
 

2.顔認証・生体認証技術の概要・仕組み

 航空・空港DXを支える顔認証・生体認証技術の概要と仕組みを説明します。

2.1 安全性・利便性に優れる顔認証

 航空・空港においては、乗客が本人であることが厳格に確認されます。パスポートのように「所持している人=本人」とみなすのが「所有物認証」、暗証番号やパスワードなど「情報を知る人=本人」とみなすのが「知識認証」です。偽造や貸借により他人になりすますことも可能であることから、安全が十分とは言えません。一方、生涯ほとんど変わることのなく偽造が困難な「顔」などの身体的特徴を本人確認に使うのが「生体認証」です。顔認証は生体認証の一種です。生体認証のなかでも、とりわけ精確性に優れます。非接触での利用が可能で、特別なデバイスが不要である、コンピュータの判定結果を人間が検証できるなど利便性にも優れます。髪型、口ひげの有無、眼鏡、顔の向き、照明条件、年齢、化粧、整形など、顔の見かけが変わっても確実に本人と見分けられるよう、精度と利便性の両方を追求した技術です。
 図2図4は、米国政府機関(国立技術標準研究所、NIST)が2018年に実施したベンチマークテストの結果です。NISTは、世界中のベンダーが開発する顔認証アルゴリズムを公正な方法で評価し、結果を公表しています。2018年度のベンチマークは、世界中の有力ベンダーをはじめ49組織が参加しました。
 NECの顔認証アルゴリズムは世界No.1精度と評価されました。160万人登録のデータベースに対しエラー率はわずか0.4%でした(図2)。検索速度は1秒あたり2.3億件と高速です(図3)。

 
     
図2 米国政府機関(NIST)によるベンチマーク評価の結果(認証精度の比較)
世界最高トップの顔認証アルゴリズムの認証精度は、わずか0.4%のエラー率。
※160万人登録時における誤受入識別率0.1%での誤拒否識別率。各組織で最も認証精度が高いアルゴリズムのみで比較。“企業” 表示の一部に研究機関を含む。
※NISTにおける評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。“Results shown from NIST do not constitute an endorsement of any particular system, product, service, or company by NIST”
   
図3 米国政府機関(NIST)によるベンチマーク評価の結果(認証精度と速度の比較)
2018年ベンチマークの参加組織の中で、認証精度・検索速度両面で圧倒的な性能を達成している。
※160万人登録時における誤受入識別率0.1%での誤拒否識別率。各組織で最も認証精度が高いアルゴリズムのみで比較。“企業”表示の一部に研究機関を含む。
※NISTにおける評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。“Results shown from NIST do not constitute an endorsement of any particular system, product, service, or company by NIST”
 

 NISTは入国管理などのシーンの適用性を検証するため、加齢による顔の経年変化の影響も評価しています。パスポート認証など10年を超える長期間の経年変化に対しても頑強な本人確認が可能です(図4)。さらに、登録人数が増えてもかなりの精度で顔認証を行えます。登録データベースが1200万人になっても認証エラー率は0.5%ほどです。1億のオーダーになってもおそらくエラー率はそれほど変わりません。日本の人口を全部カバーできるだけの性能を発揮できるようになりました。
 顔認証の精度と信頼性は、深層学習(ディープラーニング)の進展により、最近10年間で飛躍的に向上しました。高精度な顔認証は、2021年夏に開催された世界最大級のスポーツイベントにおいて、選手など大会関係者の入退場管理に活用されました。延べ400万回の本人確認が行われるなど、安全・安心なイベントの運営に貢献しました。

 
     
図4 米国政府機関(NIST)によるベンチマーク評価の結果(経年変化に対する認証精度の変化)
加齢による経年変化の影響を受けにくく、パスポート認証など長期間の経年変化に対しても高い認証精度を維持する。
※310万人登録時における誤受入識別率0.1%での誤拒否識別率。各組織で最も認証精度が高いアルゴリズムのみで比較。
※NISTにおける評価結果は米国政府による特定のシステム、製品、サービス、企業を推奨するものではありません。“Results shown from NIST do not constitute an endorsement of any particular system, product, service, or company by NIST”
 

2.2 顔認証のしくみ

 顔認証のしくみを簡単に説明します。顔認証は、2枚の顔画像が表す人物が同じ人物なのか、それとも異なる他人なのかをコンピュータが判断する技術です。空港の出入国管理を例とすると、顔認証システムは、出入国しようとする人物の顔写真を撮影します。この画像を照合画像といいます。一方、パスポートのICカードに埋め込まれた顔画像を登録画像といいます。顔認証は、照合画像と登録画像の2枚の画像をもとに、同一人物か異なる他人なのかを判定します。
 指紋認証や以前使われていた顔認証は、顔面に表れる特徴点(鼻頭の位置、目の端点、唇の端点など)の重なり具合や位置、特徴点どうしの相対的な位置関係が一致するかなど、絵合わせ的な手法により、同一人物か異なる他人なのかを判定します。一方、最近の顔認証の主流は深層学習ベースです。絵合わせ的な手法ではなく、2枚の画像のデータ(画素値)そのものを比較し、判定します。
 顔認証は次の4段階で行われます(図5)。まず、登録画像と照合画像に写っている顔を探し出し、顔の位置を決めます(顔・特徴点検出)。次に正規化といって2枚の画像の顔位置と大きさを合わせます。次に特徴量抽出といって、バラエティに富む個人の顔の違いを数百から数千の数値列として取り出します。この数値列を特徴量といいます。最後に2枚の画像から抽出された特徴量を比較することにより、同一人物か異なる他人なのかを判定します。
 画像を特徴量として数値列にわざわざ変換するのは、顔認証の利便性と信頼性を高めるためです。コンピュータが画像を画像のまま扱うと、本人確認に多大な時間を要します。顔の特徴量を数値列として取り出して扱うことにより、素早く本人確認ができます。さらに、画像情報を数値列の形で情報圧縮する過程で、照明や顔の向き、加齢による顔のしわといった、本質的な個人の特徴と関係ない要素を捨象することにより、本人確認をより精確なものにします。

 
     
図5 顔認証アルゴリズムの処理フロー
 

2.3 マスク顔対応顔認証

 新型コロナ感染症拡大により、アジア圏のみならず欧州圏においても常時マスクを着用する New Normal が根付きました。マスクをしたまま顔認証できないかとの要望を様々な方面からいただきました。ニーズに応えるべく、マスク顔対応顔認証の研究開発を行いました。2020年9月に技術発表、2020年10月には世界に先駆けて製品・サービスの販売を開始しました。
 マスク顔認証の難しさは、顔の3分の2近くがマスクで隠れて見えなくなる点にあります。色、形、材質がさまざまに異なるマスクに対応できるよう、マスクに覆われていない目の周りの情報だけで従来並みの認証精度(認証率99.9%、社内評価値)を達成しました。まばたき、眼鏡のフレームにより目が隠れる、レンズで光が反射して目が映らないといった状況にも対応しています。

 
     
図6 マスク対応顔認証技術
マスクで覆われていない目の周辺に重点を置いて特徴点を抽出、照合することで高い認証精度を達成している。
 

2.4 100億人を見分ける「顔・虹彩マルチモーダル生体認証」

 顔認証に虹彩認証を組み合わせる「顔・虹彩マルチモーダル生体認証」を紹介します。虹彩も顔の一部であるので、顔をカメラに向けるだけで顔と虹彩が同時に撮影できます。顔と左右2つの虹彩を組み合わせ、総合的に判定すると、100億分の1の誤認率になります。100億人に1人誤る程度の圧倒的な高精度なので、非接触で、かつ、厳格な本人確認が必要な店舗決済、ATM、オンライン本人確認(銀行/証券)、医療現場、データセンターの入退場管理など、幅広い分野への活用の拡大が期待されています。

 
   
 
図7 完全非接触決済サービスの実現
~顔×虹彩による安全・高精度な個人認証~カード、鍵、暗証番号が不要。何も持たず、非接触で個人認証が可能になる。「顔」×「虹彩」により世界全人口をカバーする(エラー率100億分の1以下)
 

3.空港経営のデジタルトランスフォーメーション

3.1 IATAのFAST/One IDイニシアティブ

 国際航空運送協会(IATA)が推進するFAST(Fastand Seamless Travel)/One IDイニシアティブは、空港到着前から搭乗手続、トランジット、降機などのあらゆるプロセスをデジタル化するとともに、旅客が立ち止まることのないウォークスルー化、ストレスを感じさせないシームレス化を求めています。日本では、2021年7月より成田国際空港などにおいて「Face Express」が稼働しています。デジタル化やウォークスルー化、シームレス化に不可欠なコア技術が顔認証・生体認証です。2019年6月のIATA総会決議では、セキュリティと速度の両面の観点から、生体認証の緊急的な調査と実施が、関係する政府当局、加盟航空会社、空港に対し、要請されました(図8)。  

 
     
図8 IATA:FAST/One IDイニシアティブ(FAST=Fast and Seamless Travel)
2019年6月IATA(国際航空運送協会)総会決議 “End-to-end Seamless Travel across Borders Closer to Reality” において、生体認証の重要性が確認された。
 
図9は、世界の各空港における顔認証を含む生体認証技術の適用事例です。チェックイン、バケージドロップ、保安検査、出入国管理、搭乗ゲート、その他(ラウンジ)などの各手続で顔認証、虹彩認証、指紋認証が幅広く活用されています。 
 
図9 空港DXの事例(海外)
顔認証・生体認証により、搭乗手続スマート化が飛躍的に進展している。
(出典)SIA PARTNERS “How will biometric technologies transform passenger experience at airports?” の情報をもとにNEC作成
 

3.2 FAST/One IDの推進 ~生体認証×クラウド~

 FAST/One IDの推進事例をいくつか紹介します。成田国際空港株式会社の取り組みは12ページからの宮本秀晴取締役の記事をご覧下さい。

(1)シンガポール・チャンギ空港(ターミナル4)の事例
 顔認証により、搭乗手続を自動で完結できる世界初のシステムを実現したのは、シンガポール・チャンギ空港のターミナル4です。2017年に完成し、利用客1600万人を見込んだ最新のターミナルになっています。
 計画段階からFASTの原則を徹底的に取り入れています。顧客エンゲージメント向上、非接触でのセキュリティ向上を図るとともに、機動的なスタッフ配置によりホスピタリティの向上を目指しています。利便性を向上させることにより、空港内施設の利用促進や収益増加も狙っています。同空港の第3滑走路整備に伴い、新ターミナル整備が検討されていますが、ターミナル4における成果を試金石として、よりスマートな空港運用を目指すそうです。

(2)航空連合・スターアライアンスの事例
 航空連合・スターアライアンスは、フランクフルト空港およびミュンヘン空港において、New Normal における安全・安心な空の旅を実現すべく、顔認証を活用した本人確認プラットフォーム「Star Alliance Biometrics」を導入しました。事前に専用モバイルアプリで顔画像とパスポート情報を登録することにより、搭乗ゲートと保安検査場を非接触で通過可能にしています。2020年12月より、ルフトハンザ航空およびスイス航空の搭乗客が利用しています。非接触・マスク着用したままでの本人確認の実現により、待ち時間の短縮や、旅客の滞留回避や感染症の拡大抑止を支援し、安全・安心な空の旅の実現に貢献しています。

(3)韓国空港公社の事例
 金浦空港をはじめ韓国の国内線14空港を運営する韓国空港公社において、生体認証を用いたFAST実現の取組が進められています。
 2019年より、14空港すべてで、静脈認証が国内線の搭乗手続に利用されています。これまで本人確認に必要とされた国民IDカードの提示に代え、手のひらをかざすことにより、保安検査場の通過を可能としています。さらに外貨両替、免税店、レストランなど空港内の施設に生体認証決済の導入を計画し、非航空系収益の拡大を目指しています。同社は、「情報通信技術(ICT)強国の韓国を代表する空港運営会社」を強調し、ラオス、エクアドル、ペルーなど、アフリカ・南米・アジア太平洋の空港開発に進出する動きを見せています。こうしたFAST/One IDの取組の展開が、先進国のみならず途上国においても加速すると見込まれます。

3.3 空港における新型コロナ感染症拡大防止 ~生体認証×映像分析技術~

 New Normal においては感染拡大を防止する措置の確実な実施が求められます。空港における、生体認証、映像分析、サーマルカメラを組み合わせた感染症対策ソリューションの実施例を紹介します(図10)。

 
     
図10 生体認証・映像分析技術とサーマルカメラによる感染症対策ソリューション
サーマルカメラを設置し、設定以上の体表温度の人物を検知した際に管理者へ通知する機能と、顔認証技術および映像分析技術を活用し対象人物を見分ける機能などから構成される。
 

 ハワイ州5空港においては、州経済の生命線である観光産業を早期に回復するため、空港で降機した旅客に対し、非接触・ウォークスルーで体表温度を測定しています。設定値以上の体表温度が確認された場合、該当する人物の顔情報が自動的に管理者に通知されます。別に設けたチェックポイントでは、顔情報をキーとして、しきい値以上の体表温度の方を見つけ、検温や検査などを促します。
 ハワイ州交通局と連携しながら州プライバシー要件に準拠する運用を行い、プライバシー情報に十分配慮しています。データは30分以内に消去します。顔情報以外には、氏名やパスポート番号といった個人の識別を可能とするような情報を取得することはありません。プライバシーの十分な保護とコロナ感染症拡大を両立しつつ、観光地、渡航者や従業員の感染リスクを低減し、観光産業に貢献しています。

3.4 空港経営のスマート化を加速する技術 ~生体認証×センシング・AI技術~

 航空輸送システムを安定して提供するため、航空や空港の経営のスマート化も重要です。空港においては、図11のように、①旅客利便性向上、②オペレーション業務改革、③空港を中核とする地域産業連携・スマートシティ化が特に重要です。

 
     
図11 空港経営のスマート化の加速
生体認証技術やAI・センシング技術などのデジタル技術の進展により、属人性の低減、リモート化、オペレーションコスト削減の達成など、オペレーション業務の課題解決に道筋が見えてきた。
 

 以下では、FAST/One IDの項で説明した①、南紀白浜エアポート株式会社・森重良太室長から別稿で説明される③を除き、②オペレーション業務改革として、「一般エリアのセキュリティ・防災の向上」「航空保安対策(手荷物検査・場周警備)」「ランウェイはじめとする空港基本施設の安全・巡視・維持補修」を取り上げます。
 共通した悩みは、労働力減少や余裕資金不足のなか、作業の見落としが許されないなど職員1人1人の負担・ストレスが大きいこと、それぞれの作業には経験に基づく熟練技や高度な判断が必要であること、オペレーションコスト(ライフサイクルコスト)の低減です。
 近年の生体認証技術やAI・センシング技術をはじめとするデジタル技術の進展により、属人性の低減、リモート化、オペレーションコスト削減の達成など、オペレーション業務の課題解決に道筋が見えてきました。以下に技術動向や事例を紹介します。

(1)ターミナル状況の見える化、人数カウント
 2018年、台風21号が直撃した関西国際空港では高潮による滑走路や施設の浸水により、空の玄関口としての機能を失い、ターミナル内の滞留人数把握も困難でした。陸上への輸送手配など、利用者の安全確保に対する必要性が飛躍的に高まりました。
 最新の映像分析技術は、図12に示すように台風・地震などの甚大災害時などでも人数カウント・状況理解ができます。過密状態でも人数・属性・密度、流れを推定できます。特別な調整は不要で、既設カメラでも利用可能です。
 安全・安心確保のため、平時からのオペレーションに活用可能な技術として、危険物置き去りの検知を行うとともに、持ち主を同時に推定する技術があります。また、骨格の形から、けんか、転倒、うずくまりなど異常姿勢をAIが見つけ出し、危険な行動を検知する映像分析技術があります。

 
     
図12 空港経営のスマート化を加速する技術:ターミナル状況の見える化、人数カウント
台風・地震などの甚大災害時などでも人数カウント・状況理解を行う映像技術。平時においても、置き去り検知や危険な行動検知と併せ、ランドサイドにおける旅客の安全確保に貢献できる。
 

(2)ウォークスルー手荷物検査
 空港の保安検査は建屋内に大きなスペースが必要です。検査には熟練技が必要であり、旅客も滞留しやすいです。危険物の発見をAIが支援し、また、旅客が立ち止まらずにウォークスルーで手荷物検査ができれば、保安要員の負担が著しく減少するとともに、旅客利便性も飛躍的に向上します。利用者は時間の余裕ができるのでレストランなどの施設利用もしやすくなりますし、空いたスペースをこうした収益施設に転用できることから、非航空系収入の増大も期待されます。
 このような最新の手荷物検査は、最新のセンサー技術と画像技術を利用して実現します。マイクロ波レーダと移動補償イメージングという技術を組み合わせることにより、立ち止まらず、通過するだけで1cm大の危険物(銃やナイフ)を、スマートフォンや鍵などと区別して高速・高精度に自動検知します(図13)。日常携行品の取り出しも不要です。セキュリティレベルの高い空港で運用するのにはまだ時間がかかりますが、鉄道駅などで導入がこれから進んでいくと考えています。

 
     
図13 空港経営のスマート化を加速する技術:ウォークスルー手荷物検査
センサー技術・画像技術により、セキュリティ向上と旅客利便性向上を同時に目指す。
 

(3)場周侵入検知の分解能向上
 光ファイバーセンシングとAI技術を組みわせた、広大な敷地でも侵入をリアルタイム検知する技術があります。
 具体的には、場周柵に敷設した光ファイバーにより、侵入行動により発生する振動を検知します。既設ファイバーでも対応可能です。図14にその仕組みを示します。フェンスに触れる、切る、近くを通るなどの事態に伴う振動により光ファイバーの石英ガラス密度は変化します。すると、戻り光の信号特性が事態に応じて変化します。これをAIが分析することにより、事態と発生場所を識別します。複数地点の同時検知も可能です。数十kmの長距離、数mの高分解能でリアルタイム検出できますので、敷地が広大な空港における活用が期待されます。
 さらに、映像技術と組み合わせると、侵入行動が疑われる箇所をシステムが検知し、そこにカメラが自動的にズームインするなどの連携も可能です。場周警備要員の負担軽減にも貢献できます。

 
     
図14 空港経営のスマート化を加速する技術:場周侵入検知の分解能向上
光ファイバーセンシング×AI技術により、広大な敷地でも侵入をリアルタイムに検知できる。
 

(4)空港基本施設の点検・高度化
 滑走路などの空港基本施設は航空機の安全運航に重大な影響を及ぼすことから、その点検や保全の高度化が重要です。一方、保全要員の負担を軽減するとともに、誰もが必要な判断を正確に行えるよう、支援環境の構築が急務です。点検車で滑走路を走行するだけで、車載のドライブレコーダーの映像をAIが分析するなど、滑走路点検を省力化する技術の実用化が、南紀白浜空港において始まりました。
 具体的には、パトロール車両に取り付けたドライブレコーダーの画像をもとに、AIがき裂や損傷個所を自動検出し、滑走路面のひび割れ幅やひび割れ率を自動的に分析します。空港管理者は、AIの分析結果から、点検・修繕の優先度を判断します。これを支援するため、ユニットごとのひび割れ率と、ひび割れ箇所が画面上に自動的にマッピングされます(図15)。
 軽度なき裂・損傷を早期に発見・補修することで予防保全、ライフサイクルコスト低減にも役立ちます。属人性の低減、施設外(遠隔地)からの状況確認、ライフサイクルコスト低減を同時に目指す技術です。

 
     
図15 空港経営のスマート化を加速する技術:空港基本施設の保全高度化(南紀白浜空港)
ドラレコ×AIにより、日々の滑走路の目視確認などを省力化する。
 

(5)滑走路上の異物(FOD)検知
 滑走路上の異物(FOD)は、航空機の安全な運航に多大な影響を及ぼします。2002年7月のパリ、シャルル・ド・ゴール空港におけるコンコルド事故を契機として、滑走路のFOD対策に対するニーズが高まりました。
 「はやぶさ2」に用いられるLiDAR(Light Detectionand Ranging)の応用により、km級の離れた場所からcm級の測距の検知を可能にする技術が開発されています。これが実現できれば、滑走路外からFOD検知を自動で行えるようになります。2000mから3000mを超えるような実滑走路での実証はこれからです。実現はもう少し先になりますが、光リモートセンシングとAIのデジタル技術の組み合わせによる、空港における安全性向上と運用効率向上の同時追求も視野に入ってきました。

4.さいごに

 本稿では、航空・空港DXのコア技術である顔認証・生体認証技術の最前線を紹介するとともに、空港経営をスマート化する空港DXの動向・将来展望を紹介しました。
航空・空港における顔認証・生体認証技術の応用は、出入国管理だけでなく、搭乗手続のスマート化でも進んでいます。空港内のレストランなどの決済にも利用できます。空港における旅客利便性向上だけでなく、データ連携による非航空系収入の単価向上施策への応用も考えられます。
 エアラインにとって収益向上は重要です。定時運航確保はとりわけ重要ですが、顔認証・生体認証と映像分析が貢献できる可能性があります。例えば、顔情報をキーとして、搭乗便に遅れそうな旅客の位置をリアルタイムに把握、搭乗を早期に促すといったこともできます。関係するプライバシー保護技術の研究開発も日々進歩しています。技術と運用の両面から、旅客のプライバシー保護も十分に可能になります。
 エアラインや空港、航空ネットワークで結ばれる国内外のあらゆる地域の活力は、顔認証・生体認証をはじめとするデジタルの力により、確実に復活できると信じています。旅行者が手ぶらでストレスを感じることなく自由に様々な地域を訪れ、人々とふれあい、パーソナライズされたサービスやアクティビティを満喫し、さらに新たな交流の需要を生み出す。こうした好循環の形成に向けた環境づくりが重要です。航空・空港・地域を元気にするようなデジタル技術の普及を、引き続き推進していきます。

参考文献
・今岡仁.(2021).『顔認証の教科書明日のビジネスを創る最先端AIの世界』プレジデント社.
Grother, P., Ngan, M. and Hanaoka, K(.2019).Face recognition vendor test(FRVT)part2: identification. US Department of Commerce, National Institute of Standard sand Technology, NISTIR 8271.
・SIA PARTNERS “How will biometric technologies transform passenger experience at airports?”
https://www.sia-partners.com/en/news-and-publications/from-our-experts/how-will-biometric-technologies-transform-passenger
・IATA “Resolution: End-to-end Seamless Travel across Borders Closer to Reality“
https://www.iata.org/en/pressroom/pr/2019-06-02-06/
・IDEMIA. “Fastand Seamless Travel”
https://www.idemia.com/wp-content/uploads/2021/02/idemia-first-automated-boarding-solution-changi-airportsuccess-story-201906.pdf
・Airports Council International(ACI)Asia-Pacific. “The Voice of Asia-Pacific Airports: Meet the Regional Board: Korea Airports Corporation”
https://www.aci-asiapac.aero/media-centre/perspectives/meetthe-regional-board-korea-airports-corporation
有吉正行、小倉一峰、野村俊之、森本伸一、本條翔.(2021).インビジブルセンシング技術によるウォークスルーセキュリティ検査(安全・安心・公平・効率を提供する社会インフラ特集).NEC技報Vol.74(1),98–103.
樋野智之、青野義明、ファンミンファン、田中俊明、櫻井均.(2019).ネットワークインフラを活用して実世界を見える化する光ファイバセンシング技術(新たな社会価値を生み出すAI特集).NEC技報Vol.72(1),91–94.
・NEC、ドライブレコーダーとAIで道路の劣化状態を診断するサービス「くるみえ for Cities」を提供開始~南紀白浜空港で新サービスと衛星レーダを組み合わせた実証実験を実施~(2020年11月12日発表)https://jpn.nec.com/press/202011/20201112_01.html
・南紀白浜IoTおもてなしサービス実証 https://jpn.nec.com/biometrics/face/shirahama-iot/

 
 

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