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*本記事は『航空と文化』(No.125) 2022年夏季号からの転載です。
2022.12.1
 
 

・はじめに

 「アクロバット飛行」と聞いて、皆さんは何を思い浮かべますか?ブルーインパルス?室屋さんのデモンストレーション?いずれにしても、アクロバット的な動きをする飛行機を下から見て楽しむものだと思っていませんか?じつは、飛行機あるいはグライダーをみずから操縦して宙返りやロールなどのアクロバット飛行を楽しむ、という楽しみ方もあるのです。そして、それを下から見てジャッジが採点するエアロバティック競技は、航空スポーツの一ジャンルとして世界的にはよく知られています。ここでは空を飛ぶ航空機に特化されていることを明らかにするために「アクロバット」という用語は使わずに、「エアロバティック(Aerobatic)」、あるいは「曲技飛行」という用語を使用しています。残念ながら日本ではそのようなスポーツを日常的に楽しむ環境が整っていないのであまりなじみがありませんが、航空機大国アメリカでは International Aerobatic Club(IAC)という統括団体があり、全米にわたる35の地方支部(チャプター)に愛好者が集まり、4月から10月のシーズンには、それぞれのチャプター主催の競技会が毎月全米のどこかの飛行場で行われているほど盛んなスポーツです(図1、図2)。

 
   
図1 アメリカのエアロバティック競技会の様子(2014年、Delanoにて)
 
   
図2 アメリカのエアロバティック競技会の様子(2014年、Delanoにて)

 
 

・エアロバティック競技とは

 例えば、スケート競技のスピードスケートとフィギュアスケートの関係が、飛行機によるスピード競技(エアレース)とエアロバティック競技によく似ています。エアレースはスピードスケートと同じように、決められたコースを飛行してそのタイムを競うものですが、エアロバティック競技は、上空に一辺が1km の仮想の立方体(Box)を設定し、その中におさまるようにループやロール、スピンなどの個々の技を組合せて、その正確性や統一性、芸術性などをジャッジが採点するという点で、フィギュアスケートと同じです。
 上空のBoxをどのように認識するのか疑問に思われる方もいらっしゃると思いますが、パイロットは地上に置かれた白いマーカーと自機の高度計で判断し、ジャッジは目視で判断します。側面に関しては2辺の交点にあたる地上にラインジャッジが1人ずつ配置され、Boxからの逸脱を報告します。Boxからの逸脱は減点という形で採点に反映されますが、下限高度については安全上の観点から厳しく管理することが求められ、逸脱すると即失格となります。その高度は競技者のレベルにより異なり、上級者クラスでは地上から100m、初心者クラスでは500mとなっています。
 個々の技(たとえばループ、ロール、スピンなど)は、フィギュアと呼ばれ、そのフィギュアを組合せたシーケンス(プログラム)に沿ってその順番通りに飛行を行い、一つ一つのフィギュアごとにジャッジが点数をつける方法で、プログラムの合計点を算出します。もちろんフィギュアごとに難易度が違いますので、それも点数に反映するようなシステムになっているのはフィギュアスケートと同じです。一つのフィギュアでも、ロールやスピンなどと組合せることにより(たとえば、ループの中にロールが入ったり)、難易度がさまざまに変化していきます。競技クラスは初心者から上級者までが楽しめるようにいくつかに分けられており、IAC の場合は下から、Primary、Sportsman、Intermediate、Advanced、Unlimited の5クラスです。図3はPrimary、図4はUnlimitedの例で、Primaryは2番のスピン、4番のループ、6番のロールなど簡単なフィギュアばかりですが、Unlimitedは複雑で説明するのも難しいフィギュアの組合せとなっています。

 
   
図3 Primaryクラスのシーケンスの例

 
   
図4 Unlimitedクラスのシーケンスの例

 
 

 競技会で使用される飛行機はクラスによってもさまざまですが、特に下から3つ、Primary、Sportsman、Intermediateまでのクラスではセイフティー・パイロットの同乗が認められていますので、極端な話、その飛行機での離着陸ができなくても競技の参加は可能です。もちろんセイフティー・パイロットは、Box内で競技がひとたび開始されれば、安全上の理由がない限り操縦桿には触れませんし助言もできないことになっています。
 このようにアメリカでは誰もが楽しめるスポーツとしてエアロバティック競技が定着しており、IACはアメリカのみならず、海外在住者でも会員になることができますから、日本から参加する愛好者も少なくありません。

 
 

・エアロバティック競技世界選手権

 国際航空連盟(FAI : Fédérationn Aéronautique Internationale)は航空スポーツを統括する国際組織であり、空のオリンピック委員会という位置づけで、IOCと同じように、スイス・ローザンヌに本部があります。FAIの傘下には、世界各国においてそれぞれ航空スポーツを統括するNAC(National Airsport Control)があり、日本では一般財団法人日本航空協会がこれにあたります。FAIは、航空文化の啓蒙活動を始めとして、記録認定や表彰などスポーツ航空に関連するさまざまな活動を行っていますが、世界選手権の開催もその主な活動の一つです。オリンピックにもいろいろな種目があるように、FAIで統括する航空スポーツにも、例えば模型航空機(ラジコン飛行機)、気球、パラシューティング、ハンググライダー/パラグライダー、エアロバティックス、ヘリコプター、グライダーなどさまざまなジャンルがあり、それぞれ競技会のためのルールを定めて、毎年世界各地で世界選手権を開催しています。
 アメリカに限らず、エアロバティック競技が航空スポーツとして国内で普及している国々においては、ただ楽しむだけでなく、エアロバティック競技の世界チャンピオンとなるために世界選手権への出場を目指す選手たちがおり、競技人口の多い国では国内選手権を開催してその結果上位の選手からなるチームを結成して世界選手権に臨みます。もちろん日本のように競技人口が少なく国内選手権が開催できない国からもNACの推薦があれば世界選手権への参加は可能で、日本でも過去に数名が参加してきた実績があります。ただ、チームとしては飛行機及びグライダーがそれぞれ1回だけしか参加実績がありません(図5、図6)。

 
   
図5 世界選手権に参加した日本チーム(グライダー・1995年)

 
   
図6 世界選手権に参加した日本チーム(飛行機・2012年)

 
 

・日本の現状は

 日本では、航空スポーツとして、模型航空機(ラジコン飛行機)、気球、パラシューティング、ハンググライダー/パラグライダーなどは競技人口も多く、国内での競技会も行われていますが、エアロバティック競技については競技人口が極めて少なく、航空スポーツとしてはほとんど知られていません。しかしそんな中でも、愛好者の強い希望と熱意、それを後押ししてくれる団体等の協力もあり、2010年に初めて第1回となる国内競技会を開催することができました(図7)。

 
   
図7 第1回全日本曲技飛行競技会を伝える記事(『エアロバティックス公式ガイドブック』2011年版より)
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 その後、第2回(2011)、第3回(2012)、第4回(2013)と回を重ねるごとに内容が充実していきましたが(図8、図9)、諸般の事情により第4回を最後に残念ながら途絶えてしまいました。

 
   
図8 第2回全日本曲技飛行競技会(2011年)の公式ガイドブック表紙

 
   
図9 第4回全日本曲技飛行競技会(2013年)の公式ガイドブック表紙

 
 

 このような競技会を開催するには、選手を含めた人、機体、そして何よりも重要な場所の3つがそろわなくてはなりません。日本のように山が多くて国土が狭く、自由に使える飛行場が少なく、かつ常に騒音問題を抱えている場所では地元の協力もままならず、かなり道は険しいのですが、選手権の開催あるいはその前段階の練習会やトレーニングキャンプの開催を目指して、有志により地道な努力が続けられているところです。加えて、世界選手権に選手を派遣している国々には必ずエアロバティック競技の統括団体が存在しているのですが、まだ日本にはそのような団体がありません。国内選手権を開催するためにも、Japan Aerobatic Clubというような団体の設立が望まれるところです。

 
 

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