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ヒュ−マンファクタ−への対策
-ヒューマンファクターを考える(6)-
 黒田 勲
2006.08.15
   
   
  1950年代後半から実用運航に入ったジェット民間旅客機は、コメット機の連続事故などをはじめとして多くの航空事故を起こした。しかし航空機製造会社、民間航空会社、地上支援施設等の懸命の対策によって、10年後の1970年代にはハードウェアの改善、進歩によって機材のトラブルによる事故発生率は急速に低下してきたが、新たにヒュ−マンファクタ−に起因する事故が相対的に多くなった。パイロット個人の選抜、教育訓練、技能審査など多くの対策が行われてきたにもかかわらず、ヒュ−マンファクタ−による事故が70から80%と減少しなくなった。

 一人、一人の技能は大変向上しているはずなのに、どうして事故原因の大半がヒュ−マンファクタ−に起因するのであろうか、航空需要が継続的に伸びているのに、事故発生率が変わらないということは事故件数が次第に増加することである。乗客に安心して利用してもらうためには、航空事故率を大きく減少させなければならない。このような切実な問題について、真剣な国際的検討が行われ始めたのが、1970年のはじめである。

 どこの航空会社でも、他の会社の事故原因は詳細に知りたいが、自分の会社の事故は「恥の文化」が邪魔をして真相を発表したくないものである。そこで真の事故原因は何であったのかを再発防止に目的を絞って、非公開会議で話し合おうということとなった。その結果、ヒュ−マンファクタ−の本当の姿が、やっと浮かび上がってきた。それは個人の技能向上はもちろん必要であるが、いかなる熟練度の高いパイロットであっても、人間である限りヒュ−マンエラ−をゼロにすることは不可能である。もっとその背後に、ヒュ−マンエラ−を誘発させる、ワークロードの増大化、複雑化と共に、組織や職業に特異な安全への規範、価値観、習慣などの安全文化への対策の重要性が、大きくクローズアップされた。

 そこで、ヒュ−マンファクタ−に中心をおいたいくつかの対策を全航空業界を挙げて早急に取り組むこととなった。1970年代中期のことである。

 第一は、当時急速に進展しつつあったコンピュータの導入による航空機の自動化であり、信頼性に基点をおいた設計、整備のあり方である。このような動きは、1980年代前期から実用化されてきた第三世代のB-757,B-767などのグラスコックピット航空機に採用されて、パイロットのワークロードを減少させることが出来、2人クルー航空機が主体となってきた。

 第二は、誰でも犯すヒュ−マンエラ−の実態を「負の遺産」として全員が共有化することのできるシステムである。このためには、誇り高いパイロットの精神風土に馴染むために、匿名性、免責性などに十分注意した安全報告制度が、1970年代中期から各国で実施されるようになった。

 第三は、コックピット内、各クルーの優秀な熟練技能を、綜合した「安全の知」に作り上げる協調方策である。このために多くの研究が実施された。中でも米国航空宇宙局のエーメス研究所で行われてラフェルスミスの研究(1979)が有名である。このようにして開発されたのがCRM(Cockpit Resource Management)訓練方式である。

 おのおのの対策と。それらの約20年間の功罪を次回から述べてみたい。

 

くろだ いさお、日本ヒューマンファクター研究所 所長 

冊子版「航空と文化」2002年夏季号より転載

         
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