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FAI(国際航空連盟)100年の歩みと今  平沢秀雄
2006.02.24
   
   
 FAI (Fédération Aéronautique Internationale)は別名The World Air Sports Federationと称し、現在世界中のスポーツ航空を統括する団体(機関)であり、同時に航空・宇宙航行に関する世界記録を公認する機関である。

  このFAIは1905年10月14日にパリで創立され、昨年(2005年)がその100周年に当たり、10月12,13,14日に100周年記念総会が創立地であるパリにおいて盛大に開催された。FAI 100周年記念行事の一つとして、その100年の歴史を纏めた"High Flyers. A Century of Sporting Achievement in the Air" が刊行された。この本を参考にして100年の歩みを紹介したい。


( F A I ロゴ ) 

Ⅰ. FAI、それは気球で始まった

  気球の歴史は1783年に遡る。フランスのモンゴルフィエー兄弟が自分たちが製造し販売している紙を使って作った熱気球で、初めて二人の人(ピラトール・ド・ロジェとダルランド公爵)を乗せて飛行に成功したのが1783年11月21日である。同時期に空気より軽い水素で浮上するガス気球が開発され、熱気球は1年以内に姿を消したという。気球はスポーツとしてのみならず科学的実験と探求に使われたが両者の間に明確な区分は無かった。また19世紀を通じて係留気球は軍事の偵察用に使われた。1905年は気球時代の頂点であり、気球は上流階級と裕福な人々のスポーツであった。 

  一方、動力をつかった空気より重い「空飛ぶ機械」即ち航空機は、1903年のライト兄弟の初飛行こそあれ、まだ全くの揺籃期であった。この1905年に当時もっともスポーツ航空(気球)の盛んな国の有力者がパリに集まって、国際航空活動、即ち気球の活動をスポーツとしての考えのもとに規制し同時に促進する目的で超国家的な公共団体即ちFAI(Federation Aeronautique Internationale)を創立した。

 参加団体はそれぞれの国の代表としての、ベルギー、フランス、ドイツ、イタリー、スペイン、スイス、英国、米国の航空クラブであった。この8航空クラブは現在Founder Memberと規定されている。このときのFAIの活動の主たる目的は信頼できる航空地図を作ることと嵐を研究するための気象データを集めることであった。面白いことに、最初の年の会員の会費はそれぞれの国が消費した水素ガスの量に基づく事が同意されたと言う。

  1903年のライト兄弟による動力機による初飛行以後、欧米において内燃エンジンを搭載した飛行機が発明、開発されてきたが、当初は脆弱で墜落し易い飛行機で冒険家が飛ぶ状況であった。1907年にFAIは飛行機の操縦者は必要な航空経験を習得するために気球での飛行経験が必要と考えた程である。しかし結果として10年以内に飛行機の高速性と操縦性能により飛行機とその操縦者は気球と気球操縦者を追い越した。

  20世紀の最初の20年に動力飛行機は大きく前進した。第一次世界大戦までは航空でアマチュアとプロのはっきりした区別はなかった。そのスポーツとしての性格が航空性能の限界への勇敢な挑戦を通して航空の発展を促進した。その発展を推進したのは航空クラブとその支援者と国際規約制定と記録公認機関としてのFAIであった。これら開拓的努力はリスクの高い活動であって、この航空初期の記録は墜落した航空機と勇敢な人々の墓碑銘でいっぱいである。1911年の報告にはベルギーだけで3年間に100人を超える犠牲者が記録されている。

  第一次世界大戦が状況を一変させた。開発はすべて軍用となり、飛行機が航空の支配的な形となった。戦争から発展性のある輸送機が生まれ戦争の終結後、商業飛行の開始が可能となった。暫くの間ガスで浮上しエンジン推力で進む飛行船が、初期の飛行機に欠けていた長距離飛行能力を持ち、ツェッペリンは何年もの間、大洋横断の路線を飛行した。しかし1937年の悲劇的な事故により輸送手段としての生命を閉じた。それ以後、航空機が航空輸送を支配することになった。

  1920年代初期に航空の活動にたいして事業への興味が持たれた。先見性を持った投資家が航空輸送事業と航空機製造事業を始め、ある者は大成功し、ある者は失敗した。業績と名声以外の興味に動機付けられて新しい産業が創設された。規約と規制は政府の責任となった。これらの進展が航空クラブとFAIの役割を変えた。1920年代、30年代を通して飛ぶことは本質的にスポーツ活動として残り航空クラブは主としてスポーツ指向の団体となった。これは航空の最初の大きな分割であって、航空輸送は産業となり、個人的飛行はスポーツとしてとどまった。

Ⅱ. 航空スポーツの発展

  1920年代半ばに「動力なしの飛行」という新しい活動が出現した。グライダーで初めて、人力による有人飛行をおこなったリリエンタールの申し子のような人々が次第に滑空の技術を磨いた結果、上昇気流を利用して気流だけで高度を上げることが可能となり、最初の純粋な航空スポーツに発展していった。その動力飛行への類似性からFAIは問題なくGliding Committee(滑空委員会)を設立した。それは1927年であった。

  1936年に国際オリンピック委員会(IOC)は1940年開催予定の東京オリンピックの種目としてグライディング(滑空競技)を採用した。そして、この目的のために単一設計のグライダー”オリンピア“の採用を決定した。しかし、東京オリンピックは、1938年日中戦争のために返上され、代ってヘルシンキで開催されることとなった。ところがヘルシンキ・オリンピックも第二次世界大戦勃発のため、開催されなかった。このためグライダー競技は幻のオリンピック種目として今日に至っている。

  ここでFAIとIOCとの関係について触れたい。20世紀初頭、航空活動が始まり航空競争の増加と急速な技術の進歩で近代航空時代が誕生した。少数の人々が急速に成長する航空活動を調整し指針を与えるために国際的連盟の必要性を認識した。

  1905年6月10日にCount Henri de la Vaulx(アンリ ド・ラ・ボー伯爵、フランス航空クラブ副会長)、Major Moedebeck(ムェーデベック少佐、ドイツ飛行船同盟)とFernand Jacobs(フェルナン ヤコブ、ベルギー航空クラブ会長)がブラッセルのOlympic Congressに対し、FAI を創る提案の説明を行った。この提案は暖かく受け入れられ、これを支持するしるしとしてOlympic Congressは次の決議文を採択した。即ち「このCongressは航空の特別な重要性を認識し、それぞれの国においてスポーツ航空を統制する協会を設立し、その後各種航空活動を統制し航空の技術とスポーツを促進するためにUniversal Aeronautical Federationが設立されることへの願望を表明する」。結果としてFAIはIOCに認められた国際組織となり、毎年若干の支援金を受け取っている。

  1930年代に小型の飛行機(模型)を作り、飛ばす即ち模型航空が航空クラブの重要な活動と認められ1935年にFAI Aeromodelling Committeeとなった。次にヘリコプターが出現し、1937年にこの新しい航空機の性能記録のシステムが導入されたが、Helicopter Commission は1969年まで設立されなかった。

  1905年から1920年までFAIはすべての航空記録と競技をひとつの普遍的なルール即ち1909年の”FAI Statutes and Rules”で管理していた。これは最初のFAI Sporting Codeに当たる。第一次世界大戦の余波を受けてFAIは1919年に組織を改正しVice President によるCouncil とPermanent CommissionとTemporary Commissionからなる組織となり、1920年にSporting Codeを作り管理する”FAI Rule Commission”を設立した。1926年にこのCommissionが”Aeronautical Sporting Commission”となりFAIの新しい活動の技術及びスポーツにかんする必要事項を取り扱った。

  これら総ては少数の人々のための活動にとどまっていた。一般の人々にとって航空スポーツに近づく機会は20世紀の後半までなかった。1945年を過ぎて西側諸国の全般的な繁栄により次第に労働時間が減少し、余暇時間が増加、平均収入は増加し、階級間の差が無くなった結果、航空スポーツが一般市民にとって一層近づき易くなった。これは航空が一番重要だという考えが普及した米国と、政府が航空スポーツを奨励したフランスで特に顕著であった。

  1948年のオリンピックを英国が組織することになった時、Glidingはまだオリンピック プログラムに入っていた。しかしドイツのGlidingは無くなり、その他のGliding愛好者は単一設計のグライダーを使う考え方とIOCのアマチュアの定義に反対であったので、FAIはオリンピックに参加せず自身のWorld Gliding Contestを組織することを決定した。従ってGlidingはオリンピックの種目から除外された。Glidingをオリンピックに含める1952年の努力は前回と同じ問題提起の結果、挫折した。

 第二次世界大戦に続く40年間の冷戦は総ての職業・階級に影響を与えた。多くの国ではスポーツの価値が認識され、特にスポーツ航空が東側国家で多くの注目と支援を受けた。スポーツ航空において他の多くの競技と同様にソ連邦が重要な関係者となり、その航空競技者は数十年にわたり世界記録を独占した。

 冷戦が終わり、ソ連邦が解体した結果、多くの新しいFAI会員が誕生したが、同時に多くの世界の優れたスポーツ航空愛好者が困難な状況におかれ、新たな財政的困難に直面した。世界のスポーツ航空愛好者の半数がこの新しい現実に直面した。

 一番最初からFAIは各国航空クラブの世界的組織として計画された。そこでは一つの国から一つの組織のみがFAI会員となることが出来、その会員はその国におけるスポーツ航空活動を真に代表するとの仮定に基づくものであった。それぞれの会員は其の国においてFAIの”Sporting Power”を行使する独占的権利を与えられた。その権利とはFAI sporting Licenseを発行する、FAIの競技に参加する、国際競技を主催する、世界記録を管理し申請する、等である。この基本方針はFAIの百年を通じて変わることなく維持されてきた。

 第二次世界大戦の後FAIは内部の変更を行った。Sporting Commissionを改め”Commission Aeronautique Sportive Internationale(CASI)”とし、新しい航空スポーツの開発責任組織とした。Air touring(General Aviation),GlidingとAeromodellingがTechnical Committeeとなった。General ConferenceはCouncilの下に幾つかのnon-technical committeeを設けた。即ち財務、規定、医学の問題を扱うcommitteeである。この組織原則は1988年の規定改訂まで40年間実質的に変化なく維持された。

 1950年から1980年までの30年間にgeneral aviation は急速に成長した。多くの新しい軽飛行機が設計され適当な価格で手に入る状況がgeneral aviation の空前の発展に拍車をかけた。しかしこの発展は伝統的な航空クラブの発展には反映されなかった。軽飛行機による飛行は余暇活動のみならず輸送手段ともなったため、ほとんどの新しい参加者はスポーツ指向の航空クラブよりもむしろ消費者指向の組織、第一にAOPA(Aircraft Owners Pilot Association)そしてその国際的所産のIAOPAのほうがより良く彼らの利益にかなうと見たのである。

 Gliding と動力飛行競技は伝統的な航空クラブの活動として続いた。しかしglidingがすさまじい技術の発展を経験したにもかかわらずglider操縦者の数はそれに符合して増加しなかった。航空クラブは数のうえの過半数を維持することよりもスポーツ航空と競技に集中していた結果としてgeneral aviationにおける拡大の大部分は彼らを素通りして行った。結果としてこの拡大はFAIも素通りした。競技と記録に集中したことが今日のFAIを動力小型機の競技飛行における疑いのない権威とならしめたのである。 しかし一般の個人操縦者には良く知られていない。

Ⅲ. 新しい航空スポーツ

 20世紀の後半に多数の新しい航空スポーツが続いて出現した。1949年にParachutingが加わり、再び誕生した熱気球が1963年に、動力機の曲技飛行が1965年に、Hang-Glidingが1974年に、Microlight機(超軽量動力機)が1982年に、そしてParaglidingが1985年に加わった。それらが一つ一つFAIの傘下に入るに従い、受け入れのための新しいTechnical Committeeが創られ、後に”Air Sport Commission”になった。

 過去50年間に起こった拡大の総ては実質的にこれら新しい航空スポーツによるものである。今日、殆どの国においてこれら新しい航空スポーツの会員数が伝統的なスポーツであるglidingと動力機飛行の会員数を追い越している。或る国では新しい航空スポーツのみのところもある。これは航空スポーツの舞台を完全に変え、航空スポーツの世界に深甚な構造変化をもたらしFAIそのものにも深い影響を与えた。

 重要なことに新しい航空スポーツは伝統的な航空の環境から始まったものではない。彼らは航空活動に新たに直接入ってきた。これら新しい航空スポーツへの参加者の多くはそれ以前に航空の経験は無く、伝統的な常識としての航空の基本的な知識すら持っていなかった。それぞれのスポーツはそれ自身の特殊な場所で行われ、飛行する環境も広範に異なり従って異なる文化を形成している。

 結果として新しい航空スポーツは伝統的な航空クラブの環境にあまり親近性は無かった。過去40年間、伝統的航空クラブの多くはこの変化に適応せず、新しい航空スポーツはしばしば無視され、彼ら自身の組織を作る方に追いやられた。その結果、彼らの国の航空クラブから財政的にも運営も独立した多くの強力な連盟タイプの組織が出現した。

 かくして今日でも幾つかの国の航空クラブは伝統的な活動である個人の動力飛行とglidingを主としてまかなっており、一方、その他の航空スポーツは多かれ少なかれ、彼ら自身で運営している。これらの航空スポーツの新しい分野が国を代表する航空クラブに加盟し、したがってFAIの一部になったのは単純に次の理由による、即ち空域の使用者として彼らは全て国際会議に基づいたそれぞれの国の民間航空規則に従わねばならず、通常航空クラブが当局に対して確立されたチャネルを持っており、新しい運航に対する法定上の根拠を獲得することを支援することが出来たためである。つまり相互に都合が良かったためである。

Ⅳ. 新しいFAI

 各種のスポーツ航空の地球的規模での発展を、それらが具体化するに応じて認知し、それらが極めて初期段階にある間に次から次へと取り込んだのは、世界中に網状組織を持つ国際組織であるFAIの立場としては自然なことであった。多くの会員航空クラブが事態の変化に対応した動きをする前に新しいFAI Commissionが設立され、或いは旧いCommissionが新しい形に変わった。結果として各国からのcommissionへの多くの代表は国の航空クラブからでは無く、その国の各種目に特化した連盟から出る傾向になった。

 この状況を受けて1988年に規定の改訂が行われAir Sport Commission の独立性が増加した。しかしFAIのCouncil(多くのVice President からなる評議会)は拡大し、もともとは選ばれた小人数のグループの筈のものが年次総会に似た大きさとなり、年に二回の会合を行った。

 これと平行にCouncilの下の非技術的committeeも増加し全体的に扱い憎い組織となった。この改訂の後の10年程の間にAir Sport Commission は次々と一層独立性を高め、CommissionのPresidentはFAI組織の中でより目立つ役割となった。

 これら変化の過程の結果、2000年に徹底的な組織変更が行われ、Council とその下のCommitteeが廃止され、Executive Boardが導入され、Commission Presidentは投票権を持つGeneral ConferenceのMember となりFAI Vice President の格付けとなった。

 今日FAIのCommissionは総ての技術的事柄、即ち競技規則、安全活動、最低基準、国際選手権競技の割り振りなどに責任を持つ専門家集団である。CASI(The FAI Air Sport General Commission)の役割はSporting CodeのGeneral Sectionの維持、不服申し立てに対する法廷としての活動、そして新しい種類の航空スポーツ活動を監視し支援することである。

 上述の如くAir Sport Commissionはそれぞれの種目の競技ルールを設定する役割と競技会を承認する役割から航空スポーツの草の根の競技者と密着しており、一方FAIの中心である総会とも投票権を持つメンバーとして密接な関係があるので、FAIの共通の目標に向かってのスポーツ航空人の団結のための重要な役割を担っており、今後ますますその重要性が増すものと思われる。

Ⅴ. 現在のFAI

1.会員数
2005年10月の総会終了時点での会員数は
以下のとおり。
正会員( Active Member) 76
準会員( Associate Member) 13
暫定会員(Temporary Member) 8
 正会員は一つの国の代表で其の国で行われている総ての航空スポーツと宇宙活動(スポーツ的)を実質的に代表する一つの組織にFAIの総会でその資格が認められる。準会員は一つの国の中で行われている一種類の航空スポーツを代表する組織でその国に正会員が存在しない場合に総会でその資格が認められる。現在の規定では一つの国から二つまで認められる。
 
 正会員のいる国でその正会員がFAIに対する義務の履行に瑕疵ありと判断された場合に、別に準会員が認められることがありうる。 準会員はFAI Vice President の候補者を立てられず、総会での投票権がない。

 暫定会員にはいずれ正会員または準会員になりたいがそれらの権利と義務を履行する状況にない一国の組織が一時的な会員として認められる。一つの国から一つのみ認められるが正会員または準会員のいる国からは認められない。
【編注:日本は、1919年に帝国飛行協会(財団法人 日本航空協会の前身)がFAIに加盟、戦後の1953年に(財)日本航空協会が日本唯一の正会員として復帰し、現在に至っている。】

2. FAIの目的と事業
 FAIのStatutes(規定)とBy-Laws(規則) に詳しく書かれているが、要約は以下。
FAIの目的は国際的に航空スポーツ活動を促進し、航空スポーツ競技会を通じて、政治、人種、宗教の違いを超えて世界各国人の親善と友好を深め、国際平和を促進することである。

FAIの主な役割は、航空のみならず宇宙も含めた世界記録の公認、世界選手権の公認、各種航空技能の認定と成績の証明、航空功労者の表彰などである。こうした競技会や記録の公認などは、FAIが制定する各航空スポーツの国際的ルール(スポーティングコード)に則って行われる。

3. 活動組織
総会(General Conference)
 通常一年に一回行われるFAIの最高意思決定機関である。正会員と準会員の代表、各航空スポーツの国際委員会(International Commission)及び技術委員会(Technical Commission)の代表、会長、執行役員、事務局長、その他から構成される。議長は会長が務める。総会はFAIの立法的、行政的、及び財務的な諸事項を検討し決定する。決定は投票による。

 会長の過去一年間の業務執行状況報告、事務局長の会員各国の活動状況総括報告、各国際スポーツ委員会会長の年次活動報告、財務担当執行役員の財務会計報告及び予算、に対する承認や会員の入会退会、規定の改訂、会長、執行役員その他の選挙、競技会の承認など重要な決定が行われる。

執行役員会(Executive Board)
 FAIの会長、6人の執行役員(Executive Director)及び事務局長(Secretary General)で構成される。会長が議長を務める。総会で決定された方針その他決定事項の施行及び総会から委譲された権限の行使を行う。

 執行役員会はその決定事項について総会に対し共同責任を負う。現在総会と次の総会との間に3ないし4回の役員会が開かれ多くの事項の検討と決定が行われている。6人の執行役員(Executive Director)のうち1名が会長の指名によりファイナンス担当を務める。
編注:日本からは現在、日本航空協会顧問の平沢秀雄氏(筆者)が執行役員6人中の1人として3期6年目を務めている。】


(FAI100周年記念総会における平沢秀雄氏)

国際委員会(International Commissions)
 FAIの組織の中に航空スポーツ種目ごとの国際委員会があり、競技のルールを作る責任を担い、その種目の活動を総体的に監督している。この委員会には各会員国のその種目の代表が委員として参加しており、会長、副会長、事務局長等が選挙で選出され、会議によって活動計画、競技ルールの改訂などの決定がおこなわれている。FAI総会⇒会員国の縦糸のつながりに対し、種目ごとの国際委員会は横糸であり、これらの縦糸・横糸でFAI組織が出来ていることになる。

 この委員会の会長は総会のメンバーで投票権も持ち各国会員代表と同じFAI Vice Presidentの資格をもっている。委員会の中のAir Sports Commission(直接各航空スポーツを統括する委員会)の会長(President)はASC President(Air Sport Commission President) と呼び、その会議体であるASC President Meeting があり、さらに執行役員会とASC Presidentとの合同会議も行われ相互の意思疎通が図られている。

 この委員会には上述のFAI Air Sports Commissions のほかにFAI Technical Commissions がある。列挙すると下表の通り。日本はこれらの委員会のうち CASI, IPC,ICARE,EnvC を除く総ての委員会に委員を出してFAIの航空スポーツの活動に参加している。
FAI Air Sports Commissions (各航空スポーツを統括する委員会)
FAI Air Sports General Commission (CASI) 航空スポーツ・ゼネラル委員会
FAI Balloon Commission (CIA) 国際気球委員会
FAI General Aviation Commission(GAC) 国際ゼネラル航空委員会
FAI Gliding Commission(IGC) 国際滑空委員会
FAI Aeromodelling Commission(CIAM) 国際模型航空機委員会
FAI Parachuting Commission (IPC) 国際パラシューティング委員会
FAI Aerobatic Commission (CIVA) 国際アエロバテックス委員会
FAI Astronautic Record Commission(ICARE) 国際宇宙記録委員会
FAI Hang Gliding & Paragliding Commission(CIVL) 国際ハンググライディング・パラグライディング委員会
FAI Microlight Commission(CIMA) 国際マイクロラト委員会
FAI Rotorcraft Commission(CIG) 国際回転翼機委員会
FAI Technical Commissions (FAI 技術委員会)
FAI Aviation and Space Education Commission(CIEA) 国際航空宇宙教育委員会
FAI Amature-Built&Experimental Aircraft Commission(CIACA) 国際自作・エクスペリメンタル航空機 委員会
FAI Medico-Physiological Commission(CIMP) 国際医事委員会
FAI Environmental Commission (EnvC) 国際環境委員会

4. 航空スポーツ競技会
 FAIがスポーツ規定で規定している競技会には以下のものがある。
World Championship (世界選手権) : 
他の国際スポーツと同じく総ての会員国の参加者に開かれた最高レベルの競技会で優勝者は名誉ある世界チャンピオンのタイトル保持者となる。各種目別に2年に一回世界各地で開催される。場所は招致国の立候補に 基づき各委員会の総会で決定される。日本ではこれまでに熱気球2回、ハンググライダー2回、パラグライダー1回、模型航空機2回、パラシューティング1回の世界選手権大会が開催されている。更に2006年には日本で3回目の熱気球世界選手権が予定されている。
Regional Championships : 
・Continental Championship
FAI で規定している地域に所在する総ての会員国の選手が参加できる国際航空スポーツ大会。優勝者はContinental Region のチャンピオン タイトルが贈られる。
・Championships for Other Regional Group
省略
  
International Sporting Event :
複数の会員国からの選手が参加する国際スポーツ大会
Open National Championship :
国内選手権戦で、その国のFAI会員の招待により他の会員国の選手も参加する選手権。
World Air Games :
数種類の航空スポーツが同時に行われ、会員国の選手が参加できる国際スポーツ大会。詳細は後述。
5. FAIの規定
 FAI の活動は3つの規定類に則って行われている。即ちFAI Statutes,By-Laws,Sporting Codeである。これら三つの規定、規則はFAI 関係者の多大の努力で作られた物でFAIの貴重な知的財産である。
Statutes
FAI の基本的なルールであり、他の総てのルールや規則に優先する。FAI の総会で決定され、その改訂には総会有効出席票数の三分の二以上の賛成が必要である。
By-Laws
Statutesに規定されたルールを執行するための手引き的な規則。諸手続きのルールや表彰、バッジ、出版なども含まれる。総会で決定され、その改訂は多数決で承認される。
Sporting Code
FAIにかかわる総ての航空及び宇宙の活動を管理するFAIの規則から成り、Statutes, By-Lawsの下部規定である。FAI Air Sport Commissionによって作られ、General Section は総ての航空スポーツに共通のルールからなりCASI により作製される。その他のSectionはそれぞれ特定の航空スポーツのルールで該当するAir Sport Commission によってGeneral Section に抵触しない範囲で作製される。

6. FAIの財務(特に会費)
 現在の会費制度は2005年1月1日から有効となった新しい制度であるが、この新制度に至った経緯は以下の通りである。2005年10月のパリでの総会で報告された2004年のFAIの収支報告によると2004年の総収入のうち会員からの年会費(Subscription)の収入が91%を占めている。即ちFAI の活動は会員からの会費収入に大きく依存していることになる。旧会費制度は長年維持されてきていたが、近年、この制度の内容は合理的でなく不公平で理解できないなどの批判が強くなっていた。

 すでにFAIは2000年10月に大きな組織改正を決定し、Councilが廃止されExecutive Boardが設けられたことは前述した。2000年5月のCouncil Meeting (このときはまだCouncilがあった)においてFAI会長はFAIの構造改革案を検討する作業グループ(Structure Working Group/SWG)を作ることを提案し承認された。SWGは同年7月までに第一次勧告案を纏め10月の総会に提出した。総会はこの勧告を承認し、Council の廃止とExecutive Boardの設立などの改革が行われた。そして更に、会費制度とそれにともなう投票数などの変更案を検討し2003年の総会に提出することが決定された。

  これを受けてSWGは年会費(Subscription)は会員国の中で航空スポーツを行っている人(Airsport Person/AP)の数のみに基づいて算出し、それぞれの会員の持つ投票数もそれに基づくことを提案した。Executive Board(執行役員会)はこの提案を2001年総会に議題として提出し承認された。総会の決定を受けて執行役員会は先ずAPの定義を決めるためDefinition Working Group/DWG(定義検討グループ)を設立した。2002年3月DWGはAPの定義を決定し執行役員会に報告。執行役員会はこの定義を各会員国に示し、この定義に基づきそれぞれの国のAP数を報告するよう求めた。各会員国からAP数が報告されたがその数は正確とは言えないものであった。

  2002年の総会ではAPの定義が承認されそれに基づく正確なAP数の把握と会費の算出方法の設定が要請された。執行役員会ではこの作業を鋭意行い2003年の総会の直前に最終案を決定し総会に提出することが出来たが、内容には合意出来るものの総会の議案を会員に事前に配布する期間の規定を満たしていないので承認出来ないとの意見が通り、決定は翌年まわしとなった。

 かくして新しい会費制度及び投票数の案は2004年の総会で承認され2005年1月1日から施行された。新しい会費制度ではAP数に基づきClass1からClass 10までの10段階としAP数20万人以上がClass 1、10万以上20万未満がClass 2、3万以上10万未満がClass 3、などとなっている。Class 1は米国のみ、Class 2はドイツ、フランス、Class 3 はAP数順に英国、日本、イタリー、ロシア、スイスの5か国となっており日本はAP数約3万3千で全体の上から5番目に位置する航空スポーツ国となっている。この新しい会費制度はAP数をベースにしておりこれに勝る案は無いと思われるので今後長く続くものと思量する。

Ⅵ. 世界の航空スポーツ活動状況

  2005年の総会における事務局長の2004年のFAI会員国の航空スポーツ活動報告から一部を紹介する。この統計は会員国からの報告に基づくもので、報告しない国もあるので世界の総数ではないが、大方の状況を示すものと思われる。

1. 世界選手権
  23の世界選手権戦が15の国で行われた。内訳は欧州11、北米2、南アフリ1、オセアニア1。56の国から合計2,339人の選手が参加した。参加選手の大半は欧州からである。

2. 各種目別の競技会参加人員数
 女性の比率が多いのはパラシューティングとハング・グライディングであることが分かる。
男性 女性 ジュニア 参加者合計 比率
気球 10,653 1,066 173 11,892 1 %
動力付飛行
(Power Flying)
72,396 3,811 5,390 81,597 9 %
グライディング 94,454 5,399 9,029 108,882 12 %
回転翼機  1,034 70 16 1,120 0 %
パラシューティング  71,856 13,228 7,221 92,305 10 %
模型航空機 302,228 1,849 42,243 346,320 38 %
曲技飛行  2,125 137 121 2,383 0 %
ハンググライディング 155,614 16,122 3,235 174,971 19 %
マイクロライト  60,339 792 512 61,641 7 %
自作航空機
・エクスペリメンタル航空機
           19,154 2 %
人力航空機            450 0 %
総合計  900,717 100 %

3. 死亡事故数
  2004年には事故で249人の死亡が報告されている。この悪い記録を改善することは引き続き我われの最優先事項である。死亡者数の多いのは4種目であり、1000人当たり事故率では回転翼機と曲技飛行が大変高い。

    総数  比率 参加1,000人当たり事故率
気球 1 0 % 0.08
動力付飛行
(Power Flying)
13 5 % 0.16
グライディング 35 14 % 0.32
回転翼機 6 2 % 5.36
パラシューティング 56 22 % 0.61
模型航空機 1 0 % 0.00
曲技飛行 10 4 % 4.20
ハンググライディング 74 30 % 0.42
マイクロライト 53 21 % 0.86
総合計 249 100 %     

4. 世界記録
  2004年に9種目で合計404の世界記録が批准された。そのうち281(70%)がClass C (Powered Aeroplanes)種目である。この年には下表のとおり、幾つかの目覚しい飛行があった。

David Hempleman-Adams
(英国)
小型熱飛行船での飛行船絶対高度の新記録6,614mの樹立
Steve Fosset(米国)と
Hans-Paul Stroehle(ドイツ)
フリードリッヒスハーフェン(ドイツ)におけるZeppelin New Technology LZ N07-100による飛行船絶対速度新記録の樹立    
Space Ship Oneのテスト飛行
(米国)
1962年にX-15でRobert M. Whiteが樹立した有名な古い高度記録が破られた。
William M. Brooks
(米国)
2004年最多の世界記録を樹立 即ちCessna 501による世界一周飛行で28の新記録
Simon Oliphant-Hope
(英国)
タービンヘリコプターによる東廻り世界一周飛行で速度新記録88.9km/hを樹立


Ⅶ. 航空スポーツの新しい分野

1. On-Line Contest(OLC)
 ドイツのMr.Reiner Rose(ライナー・ロス)とそのOLC Teamが先ずグライダーの分野でインターネット ベースで computer上での競技を開発し、世界的に急速に参加パイロットが増加してきたもので、FAIとしてもこの分野をFAIの航空スポーツ競技として取り込むことが極めて重要であると考え、FAIの OLC Working Groupを設立しOLC Teamと話し合いを始めたところである。ハンググライディングや気球の分野でも興味がもたれている。

2. UAV(Unmanned Aerial Vehicles)
  UAVの起源は古くその範囲も明確ではないが無人でペイロードを積んで飛行する物と解釈し用語UAVをそのまま使用する。ご承知のように近年軍用としてのUAVの発達は著しくアフガニスタン戦争におけるGlobal HawkやPredatorの活躍はよく知られている。

  FAI では10年まえの1995年の総会において会長が会長報告の中でUAV について言及し、近年、民用UAVが開発され多くの研究機関が空気サンプル採取、放射能測定、大気観測などに使用しており、この分野でFAIの仕事である記録や世界記録の承認をする可能性が予見されること、またUAVの定義と遠隔操縦の模型航空機の境界の問題が模型航空機の活動に悪い影響をあたえる可能性があること、したがって今後の進展についはCASI(Air Sport General Commission)の責任としたいと述べ、総会の賛同を得た。

  しかしその後世界記録の承認申請はあるものの、スポーツ的活動は余りないようで依然としてCASIの範疇にとどまっている。

3. その他
  Solar Powered Aircraftも今後注目すべき分野となっているが大きな進展はないようである。

Ⅷ. FAIの課題

1. 会員制度
  現在の制度のもとで幾つかの問題が提起されている。即ち正会員のいる国で或る種目の代表組織が正会員とは別にFAIのAssociate Memberになることを希望するケースがあること、正会員のいない国で3つ以上の種目がそれぞれAssociate Memberになることを希望しているケースがあること(現在は2種目までそれぞれAssociate Memberになれる)、Temporary Member(暫定会員)は本来一年毎に承認される一時的な身分でなるべく早くAssociate Member又は 正会員になることを前提としているが長くTemporary Memberに留まっているケースが多いことなどである。

  この問題は2005年の総会議題として論議され、一国一正会員の原則は維持しつつAPのためにもう少し柔軟性を持たせる方向で検討するWorking Groupを作ることになった。現在Membership Working Group が作られて検討が行われいる。

2. FAIの収入問題
  FAIの収入はその大半(91%)が会員の年会費であることは前述した。また年会AP数をベースとした新方式に改訂されたことも前述した。従って会員からの年会費収入も一応安定してきたと思われる。

  しかし会員からは会費の負担は大きいので別な収入源を求めて会員の負担を軽減すべしとの声が強い。これまで別な収入源の一つとしてCorporate Patron制度(航空機製造会社始め航空関係の企業団体より定期的に寄付金を得る制度)をつくり募金を試みたがたまたま需要減退の時期に当たったため成功していない。

  本命は航空スポーツをもっと大衆やメデア受けするものにしTV収入やスポンサーよりの収入 を大いに増やすことだと考え、次に述べるWorld Air Gamesやそのたのイベントに力を注ぐべきだと考えられている。各航空スポーツ委員会では大衆にアピールしまたメデア受けする内容についてそれぞれ検討しているところである。

3. World Air Games(WAG)
  航空スポーツの総ての種目の大会を一つの場所で同時期に実施して多くの観衆を集めメデアにも取材してもらう目的で計画された航空スポーツのオリンピックとも言うべきもので4年毎に開催するとして計画された。

  最初に立候補したギリシャと次に立候補したフランスでの計画は実現出来ず第一回WAGは1997年にトルコで開催された。第二回WAGは4年後の2001年にスペインのアンダルシアを主たる会場として開催された。特にスペインの場合は多くの種目で世界選手権大会を計画したため非常に大規模な大会となり会場もそれぞれ分散し各種目間の交流と緊密化を図る趣旨は成功しなかった。

  その反省を踏まえ、先ずWAGの競技種目を縮小し会場も二箇所程度とし期間も一週間程度とする案に変更した。4年後の2005年のWAGはポーランドとマレーシアが候補となり最終的にポーランドに絞られたがFAI本部として実施の決断が出来ず流れた。

  しかしFAIの事業として各種目の参加する大会はFAIの団結にとってもメディアへのアピールと 収入源とする期待からも極めて重要であるとの認識のもとにWAGの実現に向けての努力が行われている。

4. オリンピックへの参加問題
  かってグライダーがオリンピック種目となりうる機会があったが実現しなかったことについてはFAI百年の経過の中で述べた。その後1990年代になって、先ずパラシューティングが可能性ありとして採用を強く働き掛ける委員会(当時)をつくり、パンフレットやビデオを作りIOCに対するアピールと説得を行ってきた。そして2008年の北京オリンピックでの採用に焦点をあてて努力してきた。

  しかし2002年10月の総会においてFAI会長は、「北京に行き中国航空協会の幹部と話し、更にIOC会長にも会って要請したが不採用の連絡を受けた」と報告した。理由は不採用とした他の種目と同様TV視聴者の増加が望めないためとのこと。しかし引き続き、その次のオリンピックへの採用についてFAIは努力することを表明した。

5. その他
  会員各国からの問題提起としては、毎年のことであるが過大規制、空域の制限、会員数の減少、コストの上昇、環境問題、財政問題、我々の活動が真のスポーツであるということへの政府ならびに各機関の認識の欠如などがある。

  以上 FAIの歴史的経緯と現状について述べたが、読者諸氏の理解が得られれば幸いである。

ひらさわ ひでお、 FAI(国際航空連盟)執行役員・日本航空協会顧問 
                         

         
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