財団法人日本航空協会
航空と文化
 
「宇宙旅行実現の可能性」
 2005年の宇宙開発は概ね盛況でありました。日本国内では、HUA7号機の打ち上げ成功(2月)、「はやぶさ」が小惑星「イトカワ」に着地成功(11月)がありました。海外に目を向ければ、スペースシャトルの再開と野口飛行士の活躍(7月)、中国が有人宇宙飛行船「神舟6号」(2人乗り)の成功(10月)、欧州宇宙機関(ESA)の探査機ホイヘンスが土星の衛星タイタンに着陸成功などがありました。しかし一方では、ISS(国際宇宙ステーション)の規模縮小がNASAから発表され、日本のセントリフュージ(生命科学実験施設)が開発中止となりました。

 宇宙旅行関連では以下の様な出来事がありました。
米企業家オルセン氏がISSへの宇宙旅行チケットを22億円で購入し、世界で3人目の宇宙旅行者となりました。(10月)

英国の宇宙旅行開発会社「ヴァージンギャラクティック社」の日本の代理店となっている旅行会社「クラブツーリズム」が、2008年に主催する宇宙旅行で、日本の販売枠1人に日本人7人が応募し、抽選を行い参加者1人が決まったと発表しました。(7月)

JTBが米宇宙旅行会社のスペースアドベンチャーズ(SA)と業務提携し、SA社が取り扱う宇宙旅行をJTBが10月から日本国内で独占販売すると発表しました。(8月)

ライブドア社長兼CEOの堀江貴文氏は、宇宙旅行ビジネスへの本格参入を表明しました。(10月)

 宇宙旅行は実現に向けて確実に一歩一歩進んできているように感じます。宇宙旅行実現の可能性について、日航財団 橋本安男氏が昨年の「宇宙旅行シンポジウム」で講演された「航空事業から宇宙旅行事業化を検討して」の詳細を掲載します。
日本航空協会 文化情報室長
穴吹 和士
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「航空事業から宇宙旅行事業化を検討して」
日航財団 橋本安男

1.一般

  事業化分科会においては、航空会社関連企業、旅行代理店、広告代理店、大学教授、JAXA、日本女性航空協会、日本航空協会等からなる幅広いメンバーによって、2004年12月21日から3回の分科会で討議を行い、下記を中心に検討を行なった。

(1)需要に係る考察
(2)事業化に当たっての必要用件の整理
(3)事業化の収益性の評価と課題

2.宇宙旅行への需要に係る考察

全ての事業において事業化検討の際には、需要の予測が大前提となる。宇宙旅行事業化検討に際しては、いわゆる需要予測は困難であるものの、需要の有無を推測するヒントを得る目的で、種々のアンケート調査に着目し、考察を加えた。

2−1.アンケート調査

下記の4種類のアンケート調査について分析を行なった。各々の調査において宇宙旅行に対してポジティブな回答のパーセンテージを示す。

(1)1995年パトリック・コリンズ麻布大学教授アンケート調査 (3,030名)

  「宇宙に泊まって地球を見たい。そのためには3ヵ月分の収入を支払ってもよい」→70%

(2)2004年日本航空協会「佐賀スカイ・レジャー・ジャパン」アンケート調査(125名)

「宇宙旅行に行きたい」 → 87.2%

(3)2004年12月インターネット・アンケート調査My Voice.com (16,007名)

「宇宙に大いに行きたい」→ 21.9%

「やや行きたい」→ 31.5% 合計 53.4%

(4)2004-5年 日本航空協会東京地区サラリーマンアンケート調査(110名)

「宇宙旅行に行きたい」 → 67.3%

上記の中で、(2)において極端に宇宙旅行希望者が多いが、航空イベントへの参加者をアンケート対象にしたことと、主催者におもねる配慮が作用した可能性もあり、割り引いて考える必要があると判断された。また、(4)についても、航空会社関連のサラリーマンを対象とした点を考慮しなければならない。一方、(3)については、アンケート母数も大きく対象者も限定されていないことから、最も現実に近いのではないかとの評価が分科会メンバーから為された。しかしながら、この(4)においても宇宙旅行希望者が5割を超えている点は注目に値する。
 アンケート回答の全般的傾向において、予想通り若年層ほど希望率が高い傾向にあった。「宇宙旅行を希望しない」理由については、「危険性」あるいは「高額」という理由が一位ないし二位を占めた。また、「宇宙旅行を希望する」という回答の中にも、「安全性の担保が大前提である」というコメントと「日本では国ですら宇宙船を飛ばせず、宇宙旅行が本当に実現するか現実感に乏しい」というコメントが少なからずあった点は刮目すべきであろう。
 以上を総括すると、「宇宙旅行に行きたいとの希望は相当高く、旅行代金の高さによる難しさはあるものの、僣在需要は相当量あると考えられる。但し、安全性への不安の払拭、現実感の醸成が大前提となる」ということになる。

2−2.宇宙旅行料金の設定について

 宇宙旅行は、当然のことながら、相当高額な料金となることは疑いない。 旅行料金の設定は、需要との関連で重要なファクターであり、いくら位までが可能なレンジかについていくつかの料金設定具体例を基に考察を行なった。

  まず、現在旅行業界で流通する高額旅行としては、世界一周クルーズが上げられる。

具体的商品としては、下記があり共にキャンセル待ちの状況と言われている。料金は全て一人当りである。

(1)郵船クルーズ社「飛鳥」(客室276室)

101日間旅行料金 380万円〜1,800万円(早期割引340万円〜1,600万円)

(2)商船三井客船「にっぽん丸」(客室238室)

101日間 旅行料金 171万円〜810万円 (早期割引157.5万円〜729万円)

このように需要量の大きさはともあれ、数百万円あるいは一千万円を超えるような高額旅行に対してもその価値の認知度に応じて一定の需要があることが判る。

写真2-2-1郵船クルーズ社「飛鳥」 写真2-2-2商船三井客船「にっぽん丸」

写真2-2-3 スペースシップ・ワン
 宇宙旅行に眼を転じれば、アンサリ Xプライズを獲得したスペースシップ・ワンをスケール・アップし2007年就航を目指すリチャード・ブランソン会長率いるヴァージン・グループのヴァージン・スペースシップ・エンタープライズが現在最も商業ベースに近いと目されている。この場合、訓練3日に加え、巡航プラス15分程度の弾道飛行で総フライト時間2〜3時間程度を前提に、約2,300万円(11万5千ポンド)という旅行料金が設定されている。ロシアのソユーズ宇宙船を使った「富豪のための宇宙旅行」20〜30億円に較べればはるかに安いとはいえ、サブ・オービタルで無重力状態も数分と短い点からは割高感が無いでもない。一方、日本ロケット協会の「観光丸」構想では、地球軌道周回2周、飛行時間約3時間で旅行料金約295万円としている。分科会では、ヴァージンの約2,300万円と較べるまでも無く、少なくとも当初はこの10倍の旅行料金でも需要があるであろうという見方が大勢を占めた。

3.宇宙旅行における事業性の評価
 
写真3-1 観光丸 想像図


 日本ロケット協会の「観光丸」構想では、宇宙機に対する膨大な検討の他に、事業性についても基礎的な検討を行なっている。当分科会では、観光丸の基礎データを適宜修正しつつベースとして用い、航空事業のノウハウを使って宇宙旅行における事業性の評価を行なった。1993年に発表された観光丸の基礎データの骨子を下記に示す。
機体価格;716億円
耐用年数;10年
機体稼動率;300便/年・1機
搭乗率(ロード・ファクターL/F);90%
料金;295万円
 上記の数値については、いくつか異論も出された。例えば、年間300回という機材の運航頻度は過酷な大気圏再突入を繰り返す宇宙機としては楽観的過ぎる、とか、航空機の場合の搭乗率は、60〜70%であり、90%は高すぎる、といったものであった。このため、当分科会での事業性評価シミュレーションでは、下記を変数として、様々な組合せで収支評価を行う事となった。
機体価格 → 716億円 500億円 300億円
機体稼動率 → 300回/年 200回/年 100回/年 25回/年
宇宙旅行料金 → 295万円 500万円 1000万円 2000万円
座席利用率 (搭乗率) → 90% 70%
 上記以外の数値については、下記に示す観光丸のデータを踏襲した。
機体整備費:1回の就航当たり、2,098万円
燃料費:1回の就航当たり2,675万円
乗客費: 一人当たり、4,274円 着陸料:1回の就航当たり、77万円
保険料: 機材保険 機材就航当たり 358万円/乗客一人当たり、79,560円
間接運航費:1回の就航当たり450万円
 当事業性シミュレーション評価と「観光丸での評価」との大きな違いは、当評価では事業開設に伴う借入金返済を終えることを以って「事業性成立」と判定することとし、より実態に即した事業性評価を行なった点である。毎年の借入金返済額としては、「税引き後利益の70% + 減価償却費」とした。
 下記の表は上記前提によって、機体価格、機体稼働率、料金、座席利用率を様々に変化させ収支評価を行なった結果をマトリックスで表示したものである。例えば、年間稼動100回/搭乗率70%/機体価格716億円の場合、料金が1000万円であれば開業10年未満で借入金返済を終え「事業性成立」となるが、料金が500万円 になると10年以上借入金が残り、料金が295万円になると借入金を返済するどころか収支が赤字になってしまうことが示されている。このように、事業性評価シミュレーションで機体価格、機体稼働率、料金、座席利用率を様々に変化させ収支評価を行なった結果、事業化が困難な場合もある一方、条件次第で事業化が可能であることが確認された。

 シミュレーション結果

年間稼動300回

  運賃→

2,000万円

1,000万円

500万円

295万円

搭乗率
LF90%

機体価格

716億円

開業年

開業3年目

開業6年目

10年以上

500億円

開業年

開業2年目

開業4年目

開業8年目

300億円

開業年

開業年

開業3年目

開業6年目

搭乗率
LF70%

機体価格

716億円

開業2年目

開業3年目

開業8年目

10年以上

500億円

開業年

開業2年目

開業6年目

10年以上

300億円

開業年

開業2年目

開業4年目

10年以上

年間稼動100回

  運賃→

2,000万円

1,000万円

500万円

295万円

搭乗率
LF90%

機体価格

716億円

開業3年目

開業7年目

10年以上

収支赤字

500億円

開業2年目

開業5年目

10年以上

10年以上

300億円

開業2年目

開業3年目

開業7年目

10年以上

搭乗率
LF70%

機体価格

716億円

開業4年目

開業9年目

10年以上

収支赤字

500億円

開業3年目

開業6年目

10年以上

収支赤字

300億円

開業2年目

開業4年目

開業9年目

10年以上

年間稼動50回

  運賃→

2,000万円

1,000万円

500万円

295万円

搭乗率
LF90%

機体価格

716億円

開業6年目

10年以上

収支赤字

収支赤字

500億円

開業5年目

開業9年目

10年以上

収支赤字

300億円

開業3年目

開業6年目

10年以上

収支赤字

乗率
LF70%

機体価格

716億円

開業8年目

10年以上

収支赤字

収支赤字

500億円

開業6年目

10年以上

収支赤字

収支赤字

300億円

開業4年目

開業7年目

10年以上

収支赤字

年間稼動25回

  運賃→

2,000万円

1,000万円

500万円

295万円

搭乗率
LF90%

機体価格

716億円

10年以上

10年以上

収支赤字

収支赤字

500億円

開業8年目

10年以上

収支赤字

収支赤字

300億円

開業5年目

10年以上

10年以上

収支赤字

搭乗率
LF70%

機体価格

716億円

10年以上

収支赤字

収支赤字

収支赤字

500億円

10年以上

10年以上

収支赤字

収支赤字

300億円

開業7年目

10年以上

収支赤字

収支赤字

更に、分科会の議論の中では、運航会社の運航機材に対するスタンスについても述べられた。すなわち、運航会社としては、機材の仕様上の性能が実際にどの程度仕様通り具現化されるかがポイントであり、一般に航空会社は航空機メーカー、エンジン・メーカーとの売買契約の中で、所期の性能が得られない場合はメーカーから補償を得る旨明記される点が指摘された。また、分科会の議論は、投資家のスタンスにも及び、投資家としては開業時負債解消に1O年かかる事業でも、事業成立が確実なものであれば投資するであろうが、逆に、事業成立の確度が不確定であれば表向きの数字が良くても投資は決してしないであろうとの指摘があった。

4.結語−宇宙旅行への道筋と日本独自の有人宇宙機開発の重要性
 第2項のアンケート調査において、宇宙旅行希望者の中にも「国ですら有人宇宙飛行を実現できていない中で宇宙旅行の現実感は薄い」旨の懐疑的なコメントが少なからずあることを紹介した。宇宙旅行をより現実感あるものとするためには、民間のみでそれを行なうことは困難であり、国が日本独自の有人宇宙船を開発、運用し、それによって「宇宙機」に必要な要素技術を開発・民間転用し、宇宙飛行への国民の関心を醸成、啓蒙することが不可欠である。
 他方、21世紀の半ばを待たず、BRICSの中の有力国、中国、インドは日本を凌駕するそれぞれ世界1位、3位の経済大国になろうとしており、両国とも宇宙開発に非常に熱心である。中国に続いて、インドもやがて独自の有人宇宙飛行に乗り出す可能性は高く、共に宇宙開発を科学技術立国の基盤作りに役立てようとしている。日本においても、科学技術立国としての活力を維持する上で、その牽引役としての有人宇宙機の開発は重要であり、それに伴う技術の民間転用、並行して宇宙旅行の気運と投資意欲の喚起がなされた後に、商業宇宙機の開発が可能となり、その先に待望する「宇宙旅行の実現」が存在する。これが、有り得べき宇宙旅行への道筋であると思料するのである。
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