財団法人日本航空協会
航空と文化
 
 2005年11月20日と26日、この当方もなく大きい宇宙の一角で、小さな日本衛星「はやぶさ」が超小惑星イトカワに着陸しました。月以外の星からの岩石採取に成功している可能性があり、これが2010年に無事地球に帰還できることを期待しております。
 さて、今回お届けするのは、2005年9月の講演からです。JAXA川口淳一郎先生の「太陽系大航海時代の予感」というタイトルは、現在宇宙飛行中の小惑星探査機「はやぶさ」の小惑星「イトカワ」への到着を念頭においたもので、「はやぶさ」がどのように将来の宇宙航路につながるのかとお話ししていただいています。
航空宇宙輸送研究会 事務局

太陽系大航海時代の予感
宇宙航空研究開発機構 ・ 宇宙科学研究本部
宇宙航行システム研究系教授
川口 淳一郎
1.片道飛行から往復飛行の時代へ
   スペースシャトルなどは往復飛行しています。けれども、いったん地球の引力圏を脱出したものが惑星間飛行をして地球に戻ってくる飛行は、2005年9月現在までのところ皆無です。
 これまで、地球から火星や金星、木星への探査機は、化学推進とケプラー運動で飛行していました。ケプラー運動とは、簡単にいいますと弾道飛行であり、重力だけに支配されて、慣性で飛ぶことを指します。それに対して、これからの惑星間飛行は、重力だけに支配されて飛ぶのではなくて、化学反応によらない高性能な推進機関を使って自らの推力で軌道を時々刻々変えていく飛行方法になります。そういう非ケプラー運動による飛行が行なえるようになりますと、宇宙船が完全再使用型に移行していくと考えられます。太陽系大航海時代の到来です。
 片道の惑星探査は1960年代から始まりました。1975年、76年、探査機「バイキング」が火星に連続自動軟着陸しています。片道の惑星間探査飛行は、ごく当たり前のものであり、目的の天体に出かけてしまえばそれでおしまいでした。月だけは例外です。アポロ計画では、化学推進機関を使って、月まで行って地球に帰還しています。アポロを打ち上げたロケットは、離陸時が3千トンくらいあります。しかし地球に戻ってきたカプセルはロケットのごく一部でしかありませんでした。
 これからお話しするのは、地球から打ち上げた宇宙船が惑星間探査を終えた後もそのままの形を保って地球に帰還する宇宙船の運航方法で、再使用型の宇宙船についてです。



 惑星探査には何通りかの方法があります。図1のように一番簡単なのは、フライバイと呼ばれている、地球から慣性で飛ぶ軌道をとり、目的の天体のそばを通るだけのもの。このつぎに、目的の天体の周りを回るオービタ探査に進み、目的の天体に着陸する探査へと進歩していきます。ここまでが片道の惑星間探査飛行です。究極は、いったん着陸し、再離陸して地球に戻ってくるという探査です。これをサンプルリターンと呼びます。試料を運んでくるからサンプルという言葉が登場します。サンプルリターン以降の展開フェーズが往復飛行の領域になると考えており、これが完全な再使用可能な宇宙船の運航時代を予感させます。サンプルを人間に置き換えれば、宇宙観光旅行になります。
 往復の宇宙飛行ではありませんでしたが、1992年に日本は探査機「ひてん」を月面に到達させています。この探査機は、子衛星「はごろも」を月周回軌道に投入することに成功しており、自身も月周回衛星となりました。日本は米ソに続いて世界で3番目の月周回宇宙船の打ち上げ国なのです。

2.日本のホープ「はやぶさ」
 従来の地上から打ち上げるロケットは、H -UAやM-V、アポロ計画の宇宙船もそうですが、多段式です。アポロでは総重量は3,000トンくらい。打ち上げでは2,900トンの燃料が空っぽになったタンクを順次捨てていく方法をとっています。しかし、そういう打ち上げ方では再使用はできません。我々が考える再使用可能な運行を行うためには、燃費の優れた推進機関が必要になります。ここがひとつのキーワードです。現在では、電気推進機関(イオンエンジン)がこれにあたります。従来の化学反応によるエンジンよりも、同じ燃料で加速できる量が10倍くらい多く、「はやぶさ」で使っています。
 往復宇宙飛行が可能といっても、たとえば山手線電車に乗ったままで東京駅から一周するだけでは何もならないわけです。途中の新宿あたりで買い物をして戻ってこないことには本当の意味の宇宙飛行にはなりません。途中下車してランデブーというフェーズが必要になってくるわけです。つまり、減速をして、いったん止まり、ランデブーをし、相手と相対速度がないような飛行状態をつくって、その後もう一度加速し直すことになります。「はやぶさ」では、このランデブーが可能です。これが2つ目のキーワードです。
 3番目のキーワードは、往復飛行です。これらをすべて込めて述べるならば、すなわち、新しい宇宙飛行には、「電気推進機関」による「ランデブー」で、「往復の飛行を行う」という3つの技術を開発し達成することが目標であるといえます。
 そうした視点で世界の惑星探査機を眺めてみましょう。ESAの「ロゼッタ」は、2年ほど前に打ち上げられて、現在、彗星への航行途上にあって弾道飛行中です。化学反応エンジンを使って、ランデブーを行いますが、片道飛行です。NASAの「スターダスト」も現在飛行中で、往復飛行をさせますが、化学推進機関を用いています。東京駅から山手線に乗りながら、新宿で、そばにある木の葉っぱをかすめ取ってくる、そういう飛行を計画しているわけです。
 NASA「ディープインパクト」は、2005年8月、新聞、テレビ等でずいぶん報道されましたけれど、弾道飛行、化学エンジン、フライバイであって、その飛行は片道飛行です。NASAが開発中の探査機「ドーン(夜明け)」は、2年以内に打ち上げられると思いますが、電気推進を使ってランデブーをする片道飛行です。
 これに対して、日本のJAXA「はやぶさ」は、電気推進機関を使い、ランデブーをして、往復飛行をさせるものです。この探査機は、ご承知のように、まだ目的地点に着いただけですから、道半ばであり、目下は片道飛行としか言えないのですけれども、先述のNASAが製作中の「ドーン」が計画している目標段階までは、達成してしまっているわけで、すでに先行しているとさえ言えます。「はやぶさ」は、今後の飛行次第では、さらに世界をひきはなすことになります。

3.科学探査から旅客輸送時代へ先鞭をつけた
 「はやぶさ」は惑星間飛行をして帰還する計画です。2年4カ月前に打ち上げられて、ようやく小惑星に着きました。ここで3カ月くらい滞在して、サンプルを採取し、あと2年足らず飛行して、地球に戻ってくる惑星間の往復飛行です。地球から低い脱出速度で出発し加速をして、非ケプラー運動で飛行します。地球に戻るときには、もう一度再加速を行います。いわば将来の惑星飛行技術を開拓しているわけです。
 太陽系大航海時代においては、「乗客」が必要です。先ほど言ったように、山手線を回って、いくら買い物をしようと思っても、山手線の車内に乗客が乗っていないのでは、走っていてもしようがありません。「はやぶさ」は、地表探査用ロボットを搭載しています。これは、600gの小さな円柱状のものです。これを小惑星の表面に着地させます。これが一人の乗客であって、イトカワ表面の詳細画像を取得し、温度を計測することになっています。
 「はやぶさ」は3つのターゲットマーカーを搭載しています。それらを小惑星の表面に落としてフラッシュを当てて、跳ね返った光を頼りに小惑星地表面に「はやぶさ」を着陸させるのですが、それも宇宙旅行時代の、いわば乗客の着地と考えることができます。今回の乗客は、別な意味では世界中から応募してくれた人々の署名リストともいえるでしょう。その署名入りのターゲットマーカー、すなわち乗客は、あたかも仮想的な小惑星の飛行を楽しんでいることになりますから、これは観光であるという見方もできると思います。そして、離陸の際に、小惑星表面の試料、岩の破片を回収することになっています。
 その後この5百数十sの探査機「はやぶさ」は、キセノンという70sの搭載燃料を使って、もう一度地球に戻ってきます。地球に帰還後、もう一度、70sの燃料を入れてやりますと、再出発できる。現在の「はやぶさ」は、まだそこまでにはデザインはされていませんけれども、そんな運用が将来実際に可能になってくるでしょう。「はやぶさ」をもっと大型の宇宙船にしていきますと、地球の周りを回る飛行のその先の、惑星間に行く宇宙観光飛行の時代に繋がっていくわけです。そういう時代は案外近いところにあるのかもしれません。
 探査機「はやぶさ」の目的は、往復の惑星間飛行を実証してみせることです。ある意味では、大航海時代を先駆けている小型の蒸気船であり、かつ、乗客を載せ資源を採取して地球へ輸送する航海を行ってみせているということになります。

4.新型推進機関の登場が必要
 そういう時代に繋げていくためには革新的な推進機関が現れることが大きなカギです。それにはイオンエンジンなどの電気推進機関や、光を用いる推進機関などがあります。ただ、いずれにも電力の壁があります。同じ電力を与えられますと、瞬発力をとるか燃費をとるかの選択を迫られます。化学エンジンは、推力が大きいけれども性能が悪い。しかし、推力を小さくすれば、それだけ性能のいいエンジンにできます。イオンエンジンはそういう考え方に立っています。「はやぶさ」が積んでいるイオンエンジンの推力は、1円玉2枚か3枚分くらいにはたらく重力分しかありませんが、燃費は10倍良いのです。普通の化学エンジンより同じ量で、加速できる量は10倍くらいも優れているわけです。目的の到着点に行くまで非常に長い時間がかかる惑星探査では、塵も積もれば……で非常に大きな加速を可能にできるわけです。
 宇宙用動力源で、推力も燃費も、どちらもとりたかったら、そもそもの電源、電力が大型となることが必要です。現在では、もっぱら太陽電池が用いてられており、「はやぶさ」も太陽電池を用いています。しかし、太陽電池を利用して飛行できるのは、火星か、あるいは小惑星帯までの距離に限定されてしまいます。これが自由な太陽系航行を阻んできた原因であると述べても過言ではありません。
 電気推進機関の利用が本格化しますと、太陽からの距離に依存しない電源が必須になってきます。ひとつは原子炉です。軌道に乗ってから原子炉の運転を始めるという運用は可能なはずです。ただ、今日において原子炉を運ぶというのは、とても大がかりです。もう一つは、太陽電池です。宇宙探査機や衛星の電源を賄うにはこの方が圧倒的に効率が良いと言えるでしょう。双方長短がありますが、NASAでは、木星の周りを回っている氷の衛星を探査する宇宙船に、原子炉とイオンエンジンを積んだ宇宙船でやろうという計画を立てています。
 世界中でエネルギー源をつくる研究活動が続けられています。早晩、宇宙で距離に依存しない電源は、いずれ必要になることは必至ですから、そういう電源の開発をしなくてはいけないのです。けれども、残念ながら、日本では手がついていません。

5.小惑星探査の意義
 我々が小惑星を探査の対象にしている理由には、ひとつにはここに資源があるかもしれないとも考えているからです。地球は丸いのに、小惑星イトカワは、実にいびつです。地球は中が溶けているから丸いのですが、小惑星イトカワがいびつなままなのは、大きさが小さすぎて、中が溶けるほど重力が高くないからです。ですから、溶けないで元の形を保っている。太陽系の化石と呼ばれている所以です。この化石天体は、この意味では、生命は存在したことはないので語感上は不自然ではありますが、化石資源天体でもあります。
 地球は中が溶けてしまっていますから、ほとんどの鉱物資源、重い元素は沈んでいます。わずかに地表面に現れている元素だけが鉱物資源として使われているわけです。金や白金とかコバルトなどの希少金属は、これはコアの中に沈んでいるわけです。地球のコアの中に沈んでいるということは、それらがもともと宇宙に存在したということなのです。ですから、太陽系がつくられた時に、そういう物質が全部集まって大きな固まりになって溶けた後には、重いものが地球の中心に沈んで、軽いものが上に残ったといえるでしょう。軽いものの代表が二酸化ケイ素です。地層は47%が酸素で、28%がケイ素で構成されています。これはガラスや砂、水晶の成分でもあります。ですから、地表(地殻)とは、重い元素のコアの上に浮かんだ二酸化ケイ素の層ということになります。一方、下に沈んでいる重い元素は、太陽系がつられた時には下に沈んでおらず表面にあったはずです。ですから、小惑星の表面には、そういう重い元素が比較的多く、それらの表面にあることになります。
 地球では沈んでいる純金属の鉄とかニッケル、あるいは白金族の元素が、小惑星では地表に存在することになります。白金族は、触媒等で使われる先端産業を支える非常に貴重な資源です
し、インジウムも液晶ディスプレイに使用される希少金属です。これらは、天体に行くと豊富にあるかもしれません。もっとも、小惑星から資源を持ち帰る場合、膨大な輸送コストを考慮すると、希少金属に限られることは言うまでもありません。

6.「はやぶさ」の近況
 「はやぶさ」が2003年5月に打ち上げられてから2005年9月年現在に至るまで、イオンエンジンの運転履歴を示したものが図2です。縦軸が総運転時間で、2万3千時間。これまで平均2.5台くらいで運転しています。途中、1年ほど前に地球をスイングバイして加速しました。地球に引っ張ってもらって加速したのです。この地球加速を去年(2004年)行い、現在は地球から3億2千万qくらいの距離にいます。電波で通信しますと、片道が18分くらいかかるので、往復では40分くらいかかります。つまり、何か指令を送ってから、その反応があるまでに約40分かかるのです。私達は毎日、気の遠くなるような運用をしております。かなり忍耐がないとできない運用です。

 「はやぶさ」は、打ち上げ時には、イオンエンジン用のキセノンガスを70s、化学エンジン用の燃料も70sくらい持っていっていましたが、そういう2つの推進機関を使い分けて、2005年9月12日(日本時間午前10時)、最後には秒速7pの減速噴射を行って、「イトカワ」から20qの地点にランデブー(静止)しました。私達は目標天体に到着するという最大の関門を突破したことになります。
 ここで目標天体と言いましたけれども、探査機「はやぶさ」の目標天体は、小惑星「イトカワ」ではなく、実は「地球」なのです。ですから、「はやぶさ」にとって「イトカワ」は探査目標天体の中間点にすぎません。
 「はやぶさ」を地球から電波で位置決めしようとしますと、視線に垂直方向に100qくらいの誤差が出ます。地球から分かるのは、地球から、球面上の或る距離範囲内に居るということだけで、球面上のどこに居るのかを特定するほどには精度が高くありません。ですから、最後の最後に小惑星に接近していこうというときに、地上から探査機の位置を決めようと思っても、全く役に立ちません。探査機は自分のカメラで撮像した方向をたよりに近づいていきます。それを光学複合航法と呼んでいますけれど、我々JAXAは、今回、これを完璧に達成できたと自負しています。また、この惑星探査は、米欧の惑星探査技術と比較しても、国際水準に十分に到達していると思っています。現在NASAが開発中の「ドーン」が宇宙に飛び出しても、そのレベルは既に「はやぶさ」が今回すでに達成していたものということです。日本はいくつもの大きな関門を超えて先行したと自負しております。


 図3の3つの映像は、9月14日の記者発表で紹介したものです。白黒ですが、カラーにしても本当に色がついているか分からないような、薄い赤色です。余計なことですが、カラーカメラで皆さんご経験があると思いますが、どの色が真実かというのはとても難しいのです。とくに天体の撮影では、多色のフィルターを分けて科学観測用に作ったものからカラーの映像を作ることになります。そうすると、ブルー・ビジュアル・レッドをどういう配合にするか、結果はその配合次第になってしまうのです。ひとつ言えることは、スペクトルといいますか、波長ごとの反射率を見ると、「イトカワ」は、比較的、月に似ており、月を眺めてそれに色がついていると思う人は、「イトカワ」にも同じような色がついていると思っていただければよろしいわけです。
 図3のモノクロ画像では、ジャガイモに似てみえたり、ラッコにも似てみえたりします。「イトカワ」に距離が20qくらいまで寄って撮影した画像をみますと、特徴的なことのひとつとして、クレーターが非常に少ないと述べることができると思います。月はクレーターだらけでしたし、NASAが送った探査機が遭遇したエロスという小惑星もクレーターだらけでした。どこへ行っても、みんなクレーターだらけで、クレーターがあるのが当然だというふうに我々は認識していましたが、「イトカワ」には、クレーターがほとんど見当たりません。そういう意味では、今まで見たことがない天体であることは確かです。
 クレーターはないけれども、突起物が非常に多い。細かいイボみたいなものがたくさん見えます。このイボは、中が溶けているわけではありませんから、下から吹き出したわけではない。外から来たものがそこにくっついて留まってしまったということを示しています。では、その留まったものは、どこから来て、どういう場所に最も多いか……。そこにサイエンスの世界が展開していきます。
 ところで、困ったことに地表探査用ロボットを下ろすことができるような平坦な場所や、探査機自身が着陸できる場所がほとんどない。いずれも平坦な場所に着陸させなければならないのです。小惑星全体の差し渡しが4、5百mしかありませんので、「はやぶさ」が着陸場所を選ぶのは厳しいなと正直思っています。

 以上、太陽系大航海時代と題して話してきました。「はやぶさ」が行っている宇宙探査は、将来の他の天体への往復の宇宙飛行を可能にするものであり、太陽系の大航海の時代を予見させるものであると考えています。

2005年9月14日開催の第234回『航空と宇宙』特別講演会から、編集部がまとめたものであり、冊子版『航空と文化』2006年新春号に「『航空宇宙輸送研究会』報告(第14回)」として掲載されたものを、筆者のご了解を得て転載しています。掲載した図表はJAXA提供です。

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