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 2026年4月 航空遺産写真 今月の1枚

大阪株式取引所の空撮(1935年)

航空遺産継承基金事務局で所有している写真を毎月1枚ピックアップしてご紹介します。 
 今から91年前となる1935年4月に撮影された、大阪株式取引所市場館(現:大阪証券取引所ビル)の空撮写真です。
 大阪株式取引所の市場館は、当時、1935年4月28日に竣工したばかりでした(文献1)。写真は、新築記念に民間航空会社の大阪飛行機研究所が撮影したものです。撮影を担当した小森郁雄によれば、撮影機はアブロ504K、撮影機材はコダック製航空カメラ(焦点距離 25 cm)だったそうです。小森は、後年になって次の様に振り返っています。
 昭和10年4月ごろに、大阪市北浜の株式取引所が新築完成し、その空中写真撮影を頼まれたので、アブロ機とエントツ・カメラとで撮影し、幸いに成功した。これが私の初営業空中撮影となり、S君の写場に持ちこんで大きく引伸したり、多数の焼増し注文を受けたりして納入した。(注)
 大阪飛行機研究所はこの後も空撮事業を営み、日本各地で写した企業・工場・船舶などの写真が残っています。大阪飛行機研究所が阪神飛行学校に吸収合併されてなくなりましたが、小森郁雄が保管していた空撮写真は、没後、遺族より航空遺産継承基金に寄贈されました。航空遺産継承基金では、414枚の写真資料群を調査し、2026年3月に「大阪飛行機研究所の空撮写真コレクション1935〜1938」として公開しました。
 
 航空遺産継承基金では、今後も引き続き所蔵資料の保存・調査・公開に取り組んで参ります。

〔文献3〕からの引用。アブロ機とは、アブロ504のこと。大阪飛行機研究所が所有していた同型機は、アブロ504K型 J-BJIB。1935年3月に日本学生航空連盟の所有となり、7月には所有者が乾将顕(大阪飛行機研究所の所長)の名義となっている(文献2)。撮影の4月時点では、まだ日本学生航空連盟の所有のはずだが、回想によれば、学連と大阪飛行機研究所とは関係が深く、機体の貸し借り等もあったため、所有者と使用者が異なることは不自然ではない。エントツ・カメラは、朝日新聞航空部から空撮の練習用に借用していたコダック製航空カメラのこと。「厚い鉄板製の角型の長い筒の中にカメラがおさめられていた」ことから、小森らはエントツ・カメラと呼んだ。焦点距離 25 cm、乾板式、シャッター速度は100, 200, 300, 500分の1だったという。小森は「9×12インチ」と回想しているが、一般的なサイズではなく、写真の裏書きとも矛盾するため、9×12 cmの誤記であろう。

参考文献

文献1) セメント統制會大阪出張所 編『セメント界彙報』(6月號)(327), セメント界彙報発行所, 1935-06. 国立国会図書館デジタルコレクション https://dl.ndl.go.jp/pid/1567783 (参照 2026-04-17)
文献2) 河守鎮夫、中西正義、藤田俊夫、藤原洋、柳沢光二 編著、2016、『J-BIRD 写真と登録記号で見る戦前の日本民間航空機 ○満洲航空・中華航空などを含む』日本航空協会発行(在庫あり※2026年3月現在
文献3) 小森郁雄、1965年3月、「日本航空史余話◇最終回◇民間航空の大整理」『航空情報』189号:p.66-(航空図書館所蔵
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