2025年10月 航空遺産写真 今月の1枚
大正時代のプロペラ製作
航空遺産継承基金事務局で所有している写真を毎月1枚ピックアップしてご紹介します。
|
 |
上の写真は、大正十(1921)年ごろ、静岡県浜松市の日本楽器製造株式会社(現:ヤマハ株式会社)の工場におけるプロペラ製作の風景です。左側には作業台が並び、職工が板材を重ね合わせてプロペラの形を削りだしている様子が分かります。右奥では、背広の男性や陸軍人らが作業風景を眺めています。
日本楽器製造株式会社では、大正十(1921)年3月からプロペラ製造を始めました(文献1,2,3,4)。なぜ楽器を作る会社が、軍用機の装備品を作るようになったのか。そのヒントは、当時のプロペラの作り方にあります。当時のプロペラは木製で、堅く加工しづらい板材を、プロペラの形に合うよう斜めに積み重ねて接着し(下図参照)、かんなで削り出して作り上げる職人技を必要としました。そのため、木製のオルガンやピアノを製作しており、高い木工技術を有する日本楽器製造株式会社は、飛行機のプロペラ製作会社として最適だったのです(文献2,5,6)。 |

上図は、木製プロペラの製造概念図です。板材をプロペラのピッチに合わせて積み重ねており、削り出す前の様子がよく分かります。
図の出典は、左と上が『飛行機工手教程草案』(大正11年1月、航空第一大隊)、右下が『航空学教程全』(昭和9年3月、陸軍士官学校)です(横川裕一氏提供
文献5,6)。 |
| 写真は、小森郁雄氏が所蔵していた写真アルバムに貼られていたものです。下写真の通り、右ページに写真と「日本楽器製造株式会社(浜松)におけるプロペラ―製造状況 大正10年頃」とのキャプションがあります。台紙の右下には「Nieuport Delage Shirahato I. Komori 20. octobre. 1925.」と書き込みがあります。NieuPort Delageはフランスの飛行機メーカー(書き込みの理由は不明)、Shirahato は小森氏の号(白鳩)、I. Komori は小森氏のイニシャル、20. octobre. 1925はフランス語で1925年10月20日を意味します。ちょうど100年前の日付です。 |

アルバムに貼られた写真の様子 |
執筆にあたり、横川裕一氏に木製プロペラの製造概念図の提供を受けました。また、冒頭の写真で製作中のプロペラは、甲式三型(ニューポール24)用のものではないか、との情報提供を受けました。
航空遺産継承基金では、今後も引き続き所蔵資料の保存・調査・公開に取り組んで参ります。 |
参考文献
関連文献
以下の文献にも関連情報が掲載されています。
|
|
前の月へ 次の月へ 今月の1枚アーカイブへ 航空遺産ギャラリーへ
|
間違いなど、お気づきの点があれば御一報いただければ幸いです。
一般財団法人 日本航空協会
航空遺産継承基金事務局 |