ヘリコプター救急の普及を

スイスを旅していると、赤十字マークをつけた小型ヘリコプターが上空を飛んでいるのをよく見かける。REGA(スイス航空救急隊)の救急ヘリである。 

 スイスの国土はちょうど九州ほどの広さだが、REGAは国内13カ所の拠点に、ヘリコプターとともに医師を常駐させている。全国どこへでも、おおむね15分以内に医師同乗のヘリを現場に派遣して、治療行為を開始できる体制をとっている。飛行実績は、1機当たり年間1000回に及ぶ。

 スイスだけでなく、アメリカ、ドイツ、フランスなど欧米の先進国はお国柄によって若干仕組みは異なるものの、ヘリコプター救急のシステムを確立している。車両に比べて格段に足が速く行動範囲も広いヘリコプターを救急活動に活用すれば、救命率が大幅に向上することが常識として定着している。

 ところが、この常識は日本にはない。「救急活動は救急車で行うもの」というのが日本の常識である。

 ヘリコプターは離島とか山岳地帯とか、救急車が使えない場合に例外的に使えばそれでよいと思っている救急関係者は結構多いし、大半の国民もそう思っている。

 しかし、救急車だけに頼った救急活動には限界がある。患者搬送時間は交通渋滞などによりだんだん長くなる傾向にあり、地域によっては、病院に着くまでに1時間以上を要することもまれではない。

 さらに、医療の専門化、高度化が進むと、患者を「最寄り」の病院に運ぶだけでは済まなくなり、すこし遠くても、その患者の治療に「最適」な病院に運ぶことが求められるようになる。救急車活動を補完するヘリコプター救急を整備することが、日本でも必要になってきているゆえんはここにある。

しかし、日本におけるヘリコプター救急の整備は遅々として進んでいない。欧米並みの救急専用ヘリとして登場した「ドクターヘリ」は現在までのところ、9道県に10機の配備を見ているに過ぎない。全国に69機配備されている消防・防災ヘリを救急運用する方策もとられているが、飛行実績は離島搬送などを主として1機当たり年間30回程度と低く、欧米とは比べものにもならない。

 多目的ヘリである消防・防災ヘリの救急運用を確保するためのシステムができていないからである。

 「ドクターヘリ」の全国的普及を阻む最大の原因は、1機当たり年間約2億円かかるヘリ運航費用(現在、国と都道府県で折半負担)の捻出が困難ということにある。 

 しかし、よく考えてほしい。「ドクターヘリ」を全県に50機配備しても、運航費用は年間100億円。国民1人当たりにすれば年間約80円。「地球より重い」と言われる人の命を救う体制を整備するのに、この程度の負担が重過ぎるとは思えない。税金では賄えないと言うなら、多くの国でやっているように、保険の仕組みを導入すればよい。

 スイスのREGAは公費からの補助を一銭も受けずに、保険収入と寄付金だけで世界に冠たるヘリ救急活動を実施し、高い救命率を誇っている。やる気と知恵さえ出せば、日本でも出来ることである。

 今の日本では、ヘリコプターがあったら助かった命が毎日のように失われている可能性がある。何とか手を打たなければならないのではないだろうか。この問題に対する国民の関心が高まることを切に期待する。

 救急車による救急活動を補完するヘリコプター救急の体制を整備することは、21世紀日本の重要課題のひとつだと思う。(2005年9月4日毎日新聞掲載)

執筆

国松孝次

NPO法人 救急ヘリ病院ネットワーク理事長

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