宇宙ビジネスのトレンドとチャレンジ、そしてチャンス
~農業からスポーツ、金融まで~

はじめに

 私は大学院修了後、宇宙開発事業団(現宇宙航空研究開発機構・JAXA)に入社し、H-IIロケットやH-IIAロケットの研究開発そして打ち上げなどに携わりました(図1)。2007年にオランダにある欧州宇宙機関の欧州宇宙技術研究センターで国際プロジェクトに従事する機会を得て、そこで物事を俯瞰的かつ緻密に捉えるシステムズエンジニアリングの考え方やその意味を体系的に理解することができました。その後、2009年度から慶應義塾大学大学院システムデザイン・マネジメント研究科において、システムズエンジニアリングの考え方を基盤とした教育や、その考え方に基づいた研究を推進しています。テクノロジーの進化によって、10年前には手が届きにくかったテクノロジーに触れることができるようになり、様々な宇宙テクノロジーもコモディティ化(希少性が無くなり、価格も低廉になること)し、例えば、大学や高専で人工衛星を開発して運用できる時代がやってきています。本稿では、宇宙ビジネスのトレンドやチャンスについてシステムズエンジニアリングの視点からご紹介したいと思います。

宇宙機とは? 航空機とは何が違う?

 国際航空連盟では、海抜高度100kmの地点を仮想的に線で引いたところをカーマン・ラインと定めていて、そのラインよりも高い高度の空間を宇宙空間と言っています。これはジェット旅客機が飛行する高度の約10倍です(図2)。ただ、カーマン・ラインは実際に物理的な線があるわけではありません。地球も宇宙の一部だとも言えますし、宇宙ビジネスのハードルもこれから下がるでしょうから、宇宙は更に身近な距離になると思います。

図3 ロケットと他の乗物の燃料と積荷の割合比較

図3 ロケットと他の乗物の燃料と積荷の割合比較

 宇宙に行く唯一の宇宙機であるロケットは、外部の空気を用いて燃料と混合して燃焼させるジェットエンジンなどを搭載する航空機とは違って、タンクにためた酸化剤などの燃料を混合して燃焼させるロケットエンジンを搭載しています。ロケットは、そのエンジンによって28,000km/h以上の速度を出します。その速度は、簡単にいうと新幹線速度の約100倍、航空機速度の約10倍の速さです。それを実現するために極力機体を軽くし、大量の燃料を搭載できる設計にしています。そのようなことから、燃料と比較して、人工衛星などの積荷の割合は他の乗物と比べてとても少ないという特徴があります(図3)。

図4 宇宙機を創ることの難しさ

図4 宇宙機を創ることの難しさ

 また、宇宙ビジネスで利用される人工衛星などの宇宙機は、ロケットで打ち上げるために重量・容量・消費電力の制約を受け、一度打ち上げてしまったら航空機や自動車のように不具合の修理・メンテナンスができないために、過酷な宇宙環境でも動作し続けることが必要とされるという特徴があります(図4)。

宇宙ビジネスの領域

図5 宇宙ビジネスの領域

図5 宇宙ビジネスの領域

 宇宙ビジネスはロケットおよび人工衛星などの宇宙機を打ち上げる宇宙インフラ事業(アップストリーム事業)、宇宙機からの信号や宇宙機が取得したデータを利用する宇宙利用事業(ダウンストリーム事業)、地球以外の天体などを探査する宇宙探査事業の3つの領域に大きく分けられます(図5)。

図6 日本の宇宙産業予測(出典:総務省)

図6 日本の宇宙産業予測(出典:総務省)

 かつては、宇宙インフラ事業が宇宙ビジネスの主流でしたが、人工衛星から得られる信号やデータが質・量ともに豊富になってきたために、宇宙利用事業による宇宙ビジネスが急速に発展・拡大しています。宇宙産業は2050年には60兆円規模となると予測され、その大部分を宇宙利用事業が占めると予測されています(図6)。

図7 世界の宇宙関連企業の国籍別売り上げ

図7 世界の宇宙関連企業の国籍別売り上げ

 ロケットの打ち上げ失敗をカバーする保険も宇宙ビジネスの大切なひとつの分野で、宇宙ビジネスの領域は広く、様々なプレイヤーが関係しています。世界を見渡すと現在はアメリカが圧倒的に宇宙関連企業の売り上げが多く、宇宙開発は国家の安全保障とも強く結びついているので、今後は中国も伸びるものと考えられています(図7)。なお、宇宙探査事業についても様々な計画が進行中ですが、宇宙ビジネスとして活発化するのはこれからという状況です。

宇宙インフラ事業のビジネスチャンス

 宇宙インフラ事業のビジネスチャンスの例として、宇宙ベンチャーの草分け的存在であるアクセルスペース社のGRUSグルース-1を紹介します。次世代型超小型地球観測(リモートセンシング)衛星として開発され、衛星コンステレーション(複数の衛星で一つのシステムを構成)として運用されます。技術革新によって高性能化しつつ、かつては自動車一台分ぐらいの大きさだった人工衛星が、ダイニングテーブルの上に収まるぐらいに小型化され、併せて低価格化も進んでいます。人工衛星技術のコモディティ化がビジネスチャンスを生み出している典型と言えます。

宇宙利用事業のビジネスチャンス

図8 世界の測位衛星の数(出典:宇宙航空研究開発機構)

図8 世界の測位衛星の数(出典:宇宙航空研究開発機構)

 テレビの衛星放送やインフラ未整備地域でもつながる電話で利用される通信衛星のサービスも重要なのですが、地球観測衛星や測位衛星の普及がもたらす恩恵は、これから更に大きくなってくると思います。地球観測衛星からの情報は天気予報の際の天気図などで目にされると思いますが、一酸化炭素濃度、海面温度、海氷の様子など様々な情報をもたらしています。それらの情報は、例えば北極圏の安全な航行やマグロ魚群の位置情報を用いた効率的な遠洋漁業などに活用されています。また、測位衛星はアメリカのGPSが有名ですが、各国も独自の測位衛星(Global Navigation Satellite System・GNSS:衛星測位システムの総称)を打ち上げ、測位のための幾つかの信号をGPSの信号を利用するのと同じように利用できるようにしています(図8)。

 そのため、GPSからの信号だけを用いて測位を行っていた時と比較すると、各国のGNSSの信号も用いると測位精度は格段に向上します。例えば、iPhoneなどの多くのスマフォに内蔵されたGNSS受信機は日本の測位衛星「みちびき」の測位信号も利用しています。しかも、10年前とは違って一般の方々でも、ウェブサイト「地球が見える」(JAXA:https://www.eorc.jaxa.jp/earthview)や「日本発の衛星データプラットフォームTellus」(https://www.tellusxdp.com)、Google Earth Engine(https://earthengine.google.com/)などから衛星データの入手が容易になり、分析システムにもアクセスできるようになっています。例えば、Google Earth Engineで10行ほどのコードを書くことによって、一酸化炭素濃度の変化を通してコロナ禍における人間活動の変化を分析することができるようになります(図9)。現在、このようなデータを高校生の教育プログラムで利用していますが、小学生でもデータを活用して考えることができるようにしたいと考えています。

 ビジネスチャンスを見つけるために大事なことは、宇宙だけにこだわらないこと、また、宇宙データだけにこだわらず、そうではないデータ(スマフォなどのIoTデバイスやドローンからのデータや、統計データや地図データなどのオープンデータ)などとの連携や組み合わせを考えるということです。そして、How?(どうやって?)の前に、Who, Why, What?(誰のために、なぜ、何のために?)をしっかり考えることも重要です。私が携わっている宇宙ビジネスでの幾つかの例を以下にご紹介します。

❶農業×宇宙

 大規模農業の作業効率を宇宙技術の利用によって向上させたいという相談をJAXA経由でマレーシアの企業から頂き、パーム椰子プランテーションでの植樹作業改善に取り組みました。樹齢を重ねると採取できるオイルの量が少なくなるので、約10年ごとにパーム椰子の植え替えが必要なのですが、植樹間隔に大きなばらつきがあり、1ha当たり130本植えるべきところに100本も植わっていないという状況がありました。
 何か新しいことに取り組む場合、私たちは現場に行き、そこで課題とその原因を俯瞰的かつ緻密に理解することを心掛けています。この取り組みでも現地を複数回訪問し、場合によっては1週間以上、実際の作業にも加わり、実体験や作業をされる方々の会話や振る舞いから実態を理解するということに努めたりもしました。そのようなことを進めていくと、課題の要因は複数あり、例えば、外国からの出稼ぎの作業者の方々がマレーシア語のマニュアルを読むことができず、作業の意味を正しく理解されていないということが分かりました。また、もしその解決のために研修などによって作業の意味を伝える教育を行ったとしても作業者の入れ替えが定期的にあり、別の方が出稼ぎでやって来ると改めて教育を行う必要があり、その改善方法には限界があるということが分かりました。そこで、作業者の方々がマニュアルを読まなくても、楽に、正しく、正確に作業ができるシステムの構築を目指しました。まず、地球観測衛星とドローンで取得したデータで対象地域の三次元地図を作成し、対象地域での最適な植林位置を算出できるようにしました。そして、作業者がGNSS受信機を内蔵した端末を装着して歩くと自動的に音声で植林すべき位置を知らせるようにしました。また、日中は陽の光の明るさが強く、ディスプレイが見づらいので音声による指示機能も具備するようにしました(図10)。

図11 作業者もこの笑顔!

図11 作業者もこの笑顔!

 この状態で完了としてしまうと完成したシステムはなかなか利用頂けないと感じましたので、持続的に使って頂けることを念頭に格好良くて、作業が楽なもの、使いたくなるものになるように改良を重ねました。作業が簡単、楽しい、収入が上がるなどの目に見える価値を提供することが大切です。3Dプリンターを使えばすぐにプロトタイプを作れるのも10年前と違うところです。プロトタイプは作業者にも好評で、関係する国内外の企業から投資を頂いて製品化、サービス化に向けて進めています(図11)。

❷スポーツ×宇宙と牛の放牧×宇宙

 スポーツの上達や怪我予防を宇宙技術やデータの力でサポートしたいということで取り組みました。例えば、疲労が蓄積した選手が急激に筋肉に大きな負荷をかけると肉離れになることがありますが、数値でモニターできれば適切な指導が可能になります。以前から、アウトドアスポーツにおいてGPS受信機での計測などの取り組みは日本代表やプロチームのようなところでは定常的に行われています。ただ、限定的でもあり、より効果的に、そして多くの方に使って頂くために私たちがやるべきことは数多くあります(図12)。

図13 スポーツで衛星測位すると何ができる?

図13 スポーツで衛星測位すると何ができる?

 スポーツ用GPS受信機の価格をリーズナブルなものにするということはそのひとつです。高価なもので約50万円するのですが、前述のようにGPSのみならず様々なGNSSを利用することで衛星測位の精度を向上することができるようになってきたため、従来よりもはるかに低コストで精度の高い分析ができ、多くの方に使って頂けるようになっています。ひとつの成果として、スピードやスプリント回数、運動量などを数値で解析することで、怪我の予防策や相手に勝つために必要な運動量などが具体的に分かるようになりました。それが怪我の予防、関係者によるコミュニケーションの促進、また、選手の行動変容につながっています(図13)。

図14 放牧牛へのGNSS受信機装着の様子  

図14 放牧牛へのGNSS受信機装着の様子  

 ラグビー・ワールドカップ2019での日本代表の活躍にもこのようなデータ活用による効果がありました。また、私たちが関わっている小学生を対象にしたスポーツの取り組みでもこのようなデータを有効に活用していて、運動が苦手だと思っている児童が他人と比較するのではなく、自分自身の半年間の大きな成長を数値で確認することができて自信が持てたり、目標を建てて努力するためのベースを作れたり、という意識変容などに役立っています。宇宙技術や宇宙データのパワフルな強みは、地球を周回している人工衛星を利用するので、仕組みさえできれば地球上どこでも展開可能なことで、私たちも東南アジアの国のナショナルチームを宇宙技術で支援したりもしています。
 宇宙ビジネスの面白いことのひとつは地球上どこでも利用できるということに加えて、全く無関係に見えることを結びつけることができることだと思います。上記のスポーツでの取り組みをあるテレビニュースでお話したところ、牛の放牧にその仕組みや技術を応用できないかというご相談を頂いたのです。牛を牛舎に閉じ込めるのではなく、放牧して快適な環境で育てたいと考えていた畜産事業者の方が、ニュースを見て関心を持って下さったのです。牛がGNSS受信機を壊さないように、また信号を受信するアンテナが常に宇宙の方を向くように工夫をして進めています(図14)。

図15 放牧牛の位置や運動の把握のためのシステム  

図15 放牧牛の位置や運動の把握のためのシステム  

 その結果、牧草地や耕作放棄地で草を食べる牛の位置がモニターできるようになり、常に放牧地に行かなくても遠隔で牛の行動や体調管理をある程度できるようになってきています(図15)。宇宙技術を用いてその対象の動きや運動量を把握するという視点で考えると、ラグビー日本代表の選手も放牧されている牛も似たような対象だと考えることもできるわけです。

❸金融×宇宙

 東南アジアの小規模な農家は肥料代をはじめとする日々の事業資金に困っていることがあります。一方で、金融機関は与信(いくらなら貸せるか)のための情報が足りず、そのような農家にお金を貸したくても貸せないという状況があります。そこで、AGRIBUDDY(アグリバディ)というフィンテック・アグリテックのベンチャー企業は、衛星データで農地のパフォーマンスを客観的に評価しながら、スマホ・アプリで農家のパフォーマンスを収集し、金融機関にリスク管理に必要な情報を提供することで、新たな金融の流れを実現するという取り組みを実施しています。また、農作物の市場価値は村や町で意外と異なるので、どこで高く売れるかという情報も提供しています(図16)。

 私たちは、その企業の衛星データの活用やそのデータ分析や他のデータと組み合わせた価値を創り出すというところで共同研究を進めています。農村に私たち外国人がやってきてアプリの説明をしても、もちろん、すぐには信じてもらえません。しかし、誰かがアプリで良い結果をだせば、急速に普及することになります。

❹宇宙ベンチャーによる事業協同:SSIL

 色々な宇宙のデータが豊富に入手できる環境になったことで、複数の大学で小規模な宇宙ベンチャー企業が誕生するようになってきました。そこで、クライアント(技術・事業化ニーズを持つ大企業や公共団体)の要望をワンストップで受け止め、大学発の宇宙ベンチャー企業や研究室とマッチングできるサービスを提供する事業協同組合である「宇宙サービスイノベーションラボ」(Space Service Innovation Laboratory : SSIL)を2021年に設立しました(図17)。

 SSILは商工中金などにご支援いただいて誕生した中小企業等協同組合法に準拠した事業協同組合で、大学発のベンチャー企業10社程度が発起人・出資者となっており、筆者が代表理事を務めています。国内外のクライアントに情報提供サービス、プロトタイプ製作、事業化支援をベンチャーが互いに連携しながら進めていく予定です(図18)。

まとめ

 宇宙は「行く時代」から「創る時代」を経て「創って使う時代」が来ています。そして、宇宙ビジネスへの参入障壁も低くなってきています。ビジネスを成功させるためには、誰のために、なぜ、何を、ということを熟考することが大切です。また、正しいことを行なっても世の中が動かないことはたくさんありますが、「嬉しい、楽しい、悔しい、悲しい、困った…」といった人間の気持・感じることを大切にすることが、世の中を動かす突破口につながることがあります。考えて、やってみて、そしてまた考えることによってのみ、新しい時代を切り開いていくことができると思います。宇宙ビジネスでは人工衛星がもたらすデータを活用するダウンストリームの発展にめざましいものがあるのはご紹介したとおりですが、アップストリームももちろん大切です。アルテミス計画で再び人類は月を目指していますが、さらに遠くを目指す時代がやってこようとしています。宇宙と聞くと理工学系の技術者だけが活躍するように思われるかも知れませんが、例えば、「宇宙法」という法律があって法律専門家も重要ですし、国際協調の中でどのようにルールを作っていくかを考えると、宇宙ビジネスを発展させるためには外交交渉の専門家の活躍も大切で、これらの分野では日本にはまだまだ発展の余地があります。技術の進化によって宇宙ビジネスに挑戦するハードルが下がってきている今、様々な分野の方々に宇宙ビジネスに興味を持っていただきたいと思います。
 なお、本稿でご紹介した事例も含め、高機能化し、コモディティ化した宇宙技術や宇宙データの利活用の最新トレンドと、実際に衛星データを収集して分析する具体的な方法を多くの方に知って頂きたく、書籍『いちばんやさしい衛星データビジネスの教本人気講師が教えるデータを駆使した宇宙ビジネス最前線』をインプレス社より上梓致しました。宇宙データビジネスに興味をお持ちの方がいらっしゃいましたら、ご一読頂けますと幸いです。

執筆

神武 直彦

*本記事は『航空と文化』(No.125)2022年夏季号からの転載です。

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