オデッサの風に乗れ (3)
-2007年フリーフライト世界選手権 ウクライナ大会-

世界チャンピオンの特典

 チャンピオンはいろいろな面で特別な扱いをされる。あくまでも他の選手と同じように自費で参加するが、国内選抜は必要ない。また、その国のチームには属さない。すなわち、団体競技の成績には反映されないのである。前回2005年は「ただただラッキーの連続で世界チャンピオンにならせてもらった」という意識しか私にはなかったが、世界の仲間が見る目は違う。私は一選手ではなく、現世界チャンピオン「JapanのShigeru Kanegawa」 なのである。

 開会式では3種目の3人の前回チャンピオンがステージで紹介された。これはたいへん名誉な事だが、さらにチャンピオンには「大きな特典」が与えられる。現チャンピオンの奮闘と、今回もタイトルを獲得して欲しいという願いを込めて、「時間」という大きなメリットがチャンピオンだけに与えられるのである。

 フリーフライトは滞空時間を競う競技であるが、上昇気流をうまくとらえる事が出来なければ、どんな高性能機でも飛ばない。下降気流に捕まればどんな高性能機でもひとたまりもない。ラウンドの時間は55分で、5分の休憩の後にまた次のラウンドが続く。競技はこうして7ラウンドまで行われる。

 この55分でチームの3名が飛ばすが、3人で割ると一人の持ち時間は20分弱である。自然が相手である。日がかげったり、風速、風向、気温も刻々と変化するため、持ち時間にずっと冷たい空気の時もある。暖かい空気が流れてきた時がチャンスである。上昇気流が自分の持ち時間内に必ず発生するという保証はなく、他の選手のことを考えると、持ち時間内に飛ばさなければならない。うまく上昇気流をとらえてMAXを出せば良いが、下降気流に捕まってタイムを落せば予選落ちである。

 ところがチャンピオンは違う。ラウンドの55分間を独り占めにできる。上昇気流が来るのを余裕を持って待てる。この「時間」というのは非常に大きなメリットである。

 チームとしては最大3名の選手を出場させることができるが、選手が2名、1名の国もある。1名の国の選手はチャンピオンと同じメリットを享受できるが、団体成績は選手のタイムの合計であるから、人数が少なければどんなに好成績を挙げても団体優勝はありえない。今回のF1B(ゴム動力機)種目の団体優勝は、3名の選手が良好な成績を獲得したためで、個人優勝も素晴らしいことであるが、団体優勝も同等の価値があると言える。

団体優勝

 F1B(ゴム動力機)種目で最強のウクライナを破っての団体優勝をしたが、これは日本のフリーフライト界にとっての快挙である。日本はもともとこの種目の選手層が厚く、個人種目で過去に2位、3位をとったことがあるが優勝はなかった。もちろん団体種目でも3位以内に入ったことはなかった。今回の選手は日本選手権の成績の上位3名で、やむなく辞退する選手が多い中で誰一人として辞退しなかった。そういう意味では実力選手が集まったのだ。

 私は、運がよければ団体で3位以内には入れるのではないかとひそかに期待していた。自分の成績が振るわなくとも、団体の成績が良ければ団長も選手と同じようにメダルをもらえて表彰台に立てる。それで充分だと思っていたが、まさか表彰台の中央に立てるとは夢にも思わなかった。

 前半のラウンドでは風が強く、気流の読みが難しく3選手ともタイムを落としてしまった。ところが通常ならこれでほとんど希望がなくなるのだが、外国選手もバタバタとタイムを落とした結果、99名の参加選手で予選を通過したのはわずか4名。普通なら4割近い選手が残るのだが、いかに気流の読みが難しかったかがうかがえる。

 終盤のラウンドでは日本人3選手は確実にMAXを取ってくれた。最終の7ラウンドではすでに2選手がMAXを出した。途中成績を見ると、MAXを出せば団体優勝だとわかった。最後の選手に大きな期待がかかる。ミスをしなければMAXはそれほど難しい事ではないが、やはり選手にはかなりのプレッシャーである。

 選手の手から離れた機体がきれいなパターンを描いて上昇して行く。プロペラが折りたたまれ、きれいな滑空へと移って行った。「決まった!」あとは3分飛んでくれるはずだ。静かに時間が流れた。計時員の「MAX」という声に「万歳!やったー!」の日本チームの歓喜の声がフィールドに響き渡った。日本のはじめての団体優勝が決まった瞬間である。老いも若きもハンディーなしの競技であるが、日本チームの3選手は61才、54才、51才、そして団長は55才の熟年パワー全開である。

 F1Bの個人種目の表彰台には3つのウクライナ国旗が掲げられていた。1位、2位、3位を独占してどうして団体優勝ではないのか。これにはワケがある。前回優勝のウクライナ選手が今回も優勝して1位。でもこの選手はウクライナチームに属さないため、結果として、ウクライナは2位、3位、そして大きくタイムを落とした59位の3選手だったのである。わが日本は2選手が同タイムで6位、そしてもう一人が18位。しかも落としたタイムが僅かだったため、結果として合計タイムで競う団体競技でウクライナを大きく上回ったのである。

あわや世界選手権中止?

 機体回収の話で触れたが、今回の世界選手権において、前代未聞の理由で競技中断となる出来事が競技初日に起こった。競技中断理由は今回のような強い風の場合もあるし、何か事故が起きた場合でも競技が中断されることはある。

 競技初日、風がだんだんと強くなり、4ラウンドあたりでは風速8mにもなり、競技中断の判断基準の9mに近づいてきた。主催者も風速計で風の強さを測って気にしている。全てのチームではないが、要領の良い国は風下の農道にレンタカーを配置し、回収した機体を風上の発航地点まで車で送り届ける準備をしている。これ自体はルール違反ではないが、我々はマイクロバスで機動性が悪いためそうはいかない。バス利用はこの場合「凶」と出た。

 4ラウンド目の時間16分を残した時点で突然、「競技中断」のアナウンスが流れ、チームマネージャーに召集がかかった。「やはり、風が強くなったのか?」そうではなかった。本部に集まったチームマネージャーの前で誰かが大声で主催者側に怒鳴り込んでいるではないか。言葉がわからないがどうも様子が変だ。その怒鳴っていた男性は後で分かった事だが農家の方だった。

 主催者がわれわれに悲痛な声で説明を始めた。「機体回収をしていた車が収穫前の小麦畑に入り込んで畑を荒らしてしまった。農道に乗り入れることはルール違反ではないが、畑に入るのはもってのほか。犯人の車のナンバーもわかっている。このままでは競技はできない。本日の競技はこれで中止。再開については未定 ・・・」。

 競技をできるだけ楽に戦いたいと考えるのはどのチームも同じである。しかし一部の選手が起こした非常識な行動で、前代未聞の競技中断あわや世界選手権中止と思わせる場面になったのだ。畑を荒らした車の証拠写真はしっかりと撮られており、FAIからその国の航空協会に正式に制裁を加える事が決定された。その後どのような補償の話があったかは分からないが、農家の説得もうまく行き、この日は風も強かったため競技は中止となったものの、残りのラウンドは2日後に再開と決定された。翌日の競技もスケジュールどおり行われるとの発表があった。

 

・・・  第4回へ続く  ・・・

執筆

金川 茂

日本模型航空連盟フリーフライト委員会 委員長

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