宇宙の厄介者:スペースデブリ

1.はじめに

 平成24年度9月、「空の日・宇宙の日」記念特別講演に招かれ、タイトルの様な講演を行った。講演後同様の内容で本誌への原稿執筆を依頼され、もう既に講演会で話した内容なのに面倒くさいとの思いもあったが、より広い範囲の本誌読者諸氏にデブリ問題の重要性・緊急性を知ってもらうことも大切なことだと思い直し、お引き受けすることにした。講演内容を骨子に、講演時間の都合で割愛せざるを得なかったトピックスも含めて問題の概要をお伝えしたいと考えている。

2.スペースデブリ問題の概要

2.1 デブリ環境の現状

 1957年スプートニク1号の打ち上げを嚆矢として、人類はこれまで宇宙空間に凡そ5000回の打ち上げを実施してきた。その結果、現在軌道上には総重量にして約6000トンもの人工宇宙物体が残留しており、個数にして地上から観測され軌道がカタログ化されているもの(低軌道で直径10cm以上、静止軌道で1m程度)だけでも凡そ20000個にも上る(その中で運用中の衛星はわずか6%に過ぎず、後は所謂「ゴミ」ということになる。)。この様子を理解して頂くため図1に低軌道における人工宇宙物体の分布状況を示す。小さな点一個が一個のデブリに対応しており、地球との大きさの比率は別として、かなり危機的な状況にあることはご理解頂けるものと思う。

2.2 デブリの発生原因

図2 スペースデブリの発生原因

図2 スペースデブリの発生原因

図1の人工宇宙物体の中で、94%を占める不要人工物体、即ち「スペースデブリ」はどのようなものから構成されているのだろうか? その対策を考える上でも発生の機序は重要な手掛かりを与えることになるので、以下に4つに分類して整理しておく。またカタログ化物体(低軌道で直径10cm以上、静止軌道で1m程度)の中で各カテゴリーの占める割合を図2に示す。

 (1)ミッション終了後の宇宙システム
 極めて高価な人工衛星といえども寿命があり、それが過ぎればゴミとなる。燃料の枯渇や、電力の喪失などがその主要因であるが、ミッションの途中で機器の不具合等によって機能不全に陥り中途で放棄される衛星もまま存在する。また、それら衛星の打ち上げに使用されるロケットも、衛星を所定の軌道に投入すればミッションが終了、即ゴミ(デブリ)になる。
 (2)ミッション関連デブリ
 打ち上げを含む各種ミッション遂行の過程で発生するゴミがこの範疇に入る。例えば、多段ロケットの段間を固定していたクランプバンド、切り離しに用いられた爆発ボルト、光学機器のレンズキャップやフード等々がこの範疇に属する。
 (3)破砕破片
 あまり馴染みのない統計であるが、これまで軌道上では250回以上の破砕事象が発生している。残存燃料タンク、バッテリー等の異常昇圧による爆発によるものが大部分を占めるが、少ないながらもデブリとの衝突が原因と考えられているものも存在する。今後も年間数回程度の発生が予想されており、一旦破砕事象が発生すると地上から観測不可能な微小な破片も含めて無数の新たなデブリが生成されてしまうことになる。個数のみでいえば、現在軌道上に存在するデブリの大部分は、主にこの破砕破片の内爆発事象によって生じたものである。
 (4)その他
 以上の3分類には属さないけれど、固体ロケットモータの燃焼ガス中に含まれるスラグ、旧ソ連の原子炉衛星から漏洩したNaK液滴(冷媒)、衛星表面の劣化による剥離塗料片なども、微小サイズデブリのかなりの割合を占めている。

2.3 デブリの分布

 以上述べたデブリは、広大な地球近傍宇宙空間に万遍無く存在しているわけではない。地上において人間の活動が活発な場所ではゴミもたくさん発生するのと同様、アクセスの容易性を含む人間にとって何らかのメリットがある軌道には打ち上げが集中し、必然的にデブリの密度も高くなっている。高度別に見れば、アクセス容易で地球観測に適した高度1000km前後の地球周回低軌道、GPSやGLONASSなどに用いられている高度20000km前後の12時間周期軌道、地球自転周期と軌道周期が一致していることから地上との相対位置関係が不変な高度36000kmの静止軌道にその多くが偏在している。また、軌道傾斜角でみると、0度の静止軌道上、各国打ち上げ基地の緯度に対応する軌道傾斜角を有する軌道、地球観測に適した90度超の太陽同期軌道などにデブリが集中している。

2.4 デブリとの衝突

 (1)超高速衝突現象
 デブリの軌道速度は低軌道で7km/s程度であり、正面衝突の場合相対衝突速度はその倍の15km/s、平均相対衝突速度でも10km/sと、地上では凡そ経験することのない超高速度で衝突する。そのような速度領域における衝突では、衝突の瞬間その接触界面付近にメガバール或いはギガバールといった超高圧状態が生じ、衝突物体・被衝突物体の液化・気化を含んだ極めて複雑なプロセスによりデブリは極めて高い貫通能力を持つことになる。直径3mmのアルミ球が10km/sで衝突した場合の運動エネルギーが、時速100kmで衝突するボーリングのボールと同じであることを考えれば、如何にその衝突エネルギーが莫大なものであるか容易に理解できるであろう。従って、cmオーダーのデブリ衝突によっても通常の大きさの衛星であればバラバラに破壊されてしまうことになる。
 (2)衝突頻度解析例
 具体的に、どれぐらいの頻度でデブリ衝突は発生するのであろうか? 現在最もよく使用されているESAのMASTERモデルで、高度700kmの軌道上にある表面積20mの衛星の場合を解析した結果を図3に示す。図中1cm以上(壊滅的な破壊を引き起こすのに十分なサイズ)のデブリに着目すると、5年間で0.01個ということが分かる。つまりこのサイズ・軌道の衛星では、500年に1回程度の頻度で1cm以上のデブリが衝突するということになる。衛星の寿命が数年~10年程度であることを考えると、一見それ程気に掛けるほどの数字ではないようにも思える。しかしよく考えてみて頂きたい。前に述べた様に、凡そ20000個のカタログ化物体の内、6%は運用中の衛星であり、その数は1000個以上に達するのである。従って、単純に計算すると(全宇宙システムがこの混雑軌道に集中していると仮定)年間当たり2回程度の運用中の衛星とデブリの衝突が起こっても不思議ではない状況にあるということになる。これは由々しき状況と言わざるを得ないし、早急な対応が必要とされる所以である。

3.スペースデブリ発生防止活動

3.1 デブリを出さないようにする工夫

 2.2で、デブリの発生機序について整理した。新たなデブリの発生を防止するためには各々の機序ごとに以下のような適切な対策を施す必要がある。
 (1)ミッション終了後の宇宙システム
 これまで打ち上げられた衛星の大部分は、ミッション終了後その運用軌道に放置されてきた。また打ち上げロケット上段についても同様であった。これら大型物体は地上からの観測も容易であり、数も限られていることから比較的危険性が低いと考えられていたが、長期にわたる残存軌道寿命期間中に他のデブリと衝突し、無数のデブリを発生する危険性を孕んでおり、ミッションが終了後は、早急に有効軌道外に移動処理することが望ましい。
 (2)ミッション関連デブリ
 謂わば確信犯的なデブリ投棄であるが、確信犯的であるが故に対策は明らかである。クランプバンドや爆発ボルトを非放出型に変更したり、レンズキャップやフードには拘束紐を付けておくなどの工夫が容易に考えられる。
 (3)破砕破片
 前にも述べた様に、カタログ化された現存するデブリの半数近くがこの範疇に属し、燃料タンクやバッテリーの異常昇圧による爆発が主要原因となっている。これを回避するため、ミッション終了後は残った推進薬を強制的に宇宙空間に放出したり、バッテリー容器内の異常昇圧を避けるためにリリーフ弁を取り付けておくなどの対策が推奨される。また、昨今のデブリ空間密度の増加に伴って、今後はデブリ衝突による破砕事象発生率が急増すると考えられており、防護構造による壊滅的な破壊の回避、衝突回避運用、積極的な軌道上デブリ環境改善(デブリ除去)などを実施する必要がある。
 (4)その他
 固体ロケット燃料には、推進性能と燃焼安定性向上のためアルミの微小粉末が混ぜ込まれており、ロケットの燃焼の過程で集合化し、スラグとなって宇宙空間に排出される。これを防ぐために、このような金属粉を含まない固体燃料の開発や、液体推進系への変更が必要となる。原子炉衛星からのNaK液滴(冷媒)、剥離塗料片は、構造上の改善、新素材の開発が必要となる。

3.2 デブリ発生規制活動

 これまで述べたデブリ問題の重要性・緊急性に鑑み、新たなデブリの発生を規制するための活動が以下のように進められている。
 (1) 各宇宙開発機関の自主規制(宇宙機関間の共通基準の制定)
 本題の重要性・緊急性を強く認識した宇宙開発実施機関が、自ら自主的にデブリ発生を規制する基準を制定したものであり、我が国もNASA(1993年)に次いで「NASDAデブリ発生防止標準」(1996年)を制定した。
 (2) 国際的な共通基準の制定
 2001年には、上記の各機関毎の基準を元に世界の宇宙機関間で合意された「IADCデブリ発生低減ガイドライン」が制定され、それをベースに2007年には国連の「デブリ低減ガイドライン」が制定されたが、何れも罰則規定のない所謂ガイドラインに留まっており、同法律小委員会での法制化の議論の進展が待たれている。
 (3) 産業レベルでの規格制定
 国際標準化機構(ISO)でも、航空宇宙技術委員会・宇宙システム小委員会(TC20/SC14)にワーキンググループを設置して規格制定の活動が開始されている。

4.新たな脅威

 3.で述べたデブリ発生防止活動によって、軌道上デブリ数の増加率をある程度低減させることには成功しているものの、デブリ環境は依然として悪化の一途を辿っており、問題の解決には至っていない。また、環境の悪化に伴って、これまで想定されてこなかった新たな問題・脅威が現実のものとなっているのである。以下に3点列挙しその概要を述べる。

4.1 新たな脅威 1(ケスラーシンドローム)

 図4にNASAによる興味あるシミュレーション結果を示す。これは、人類が2005年に宇宙開発を中止し、以降一切の打ち上げを行わないこと仮定した場合の軌道上のデブリ数の将来推移予測であり、その内訳も図中に示されている。デブリの総数を示す一番上のグラフに着目すると、2005年の打ち上げの停止を受けて、それ以降2050年くらいまでは小康を保ちデブリ数は横ばいであるが、それを超えるとデブリ数が増加に転じている。またその内訳から、この増加はデブリ同士の衝突によって引き起こされていることが分かる。所謂「ケスラーシンドローム」(デブリ同士の衝突によるデブリ数のカスケード的急増)である。究極のデブリ発生防止方策である「人類の宇宙開発の停止」と言う荒療治を施したとしたとしても、こと低軌道に於いてはデブリの増加を食い止めることが出来ないことが示されている。従って、3.2で述べた従来の「デブリ発生防止策(Mitigation)」に加え、より積極的な「デブリ環境改善(Remediation)」が必須であるとの認識に至らざるを得ず、実際、世界的にもこのような共通認識の元、「デブリ除去システム」を含む関連研究開発が進められている。図5にJAXAで検討中の導電性テザーを用いたデブリ除去システムの原理を示す。

4.2 新たな脅威 2(地上落下安全)

図6 米国の上層大気観測衛星(UARS)2011年9月大気圏再突入

図6 米国の上層大気観測衛星(UARS)2011年9月大気圏再突入

 2011年9月に米国のUARS衛星(図6)、同10月にドイツのROSAT衛星が、更に2012年1月にはロシアのPhobos-Grunt衛星が地上落下するということで大騒ぎになった。一般的に低軌道の衛星は、時間の長短はあれ、軌道空間に存在する希薄大気の抵抗により徐々にその高度を下げ、ついには大気圏に再突入する。従って、衛星等比較的大きな人工物体の大気圏再突入という事象はそれほど珍しい事象ではなく、週1から2回程度発生している比較的日常的な事象なのである。只、今回はいずれもかなり大型であったこともあり、関心が高まったものであると考えている。地上落下に際しての傷害予想確率は、各国及び国際的な基準で規定されており、最近開発された衛星では、1万分の1以下となっている。これは、地球上で生活している誰か一人に傷害を引き起こす確率であり、〝私〞とか〝あなた〞の様な特定個人に関して言えば、70兆分の1くらいの確率となることは十分理解する必要がある。従って、誤解を恐れず言えば、他の日常的なリスクと比べてそれほど心配するには及ばない程度のものであるといえるであろう。今回の一連の騒動の対象となった衛星は、大分昔に打ち上げられたこともあり、この確率が3200分の1(UARS)、2000分の1(ROSAT)と現在の基準に照らして3倍から5倍程度高かったことが問題を大きくしたと思われる。かといって、この問題を放置していいと考えている訳ではなく、筆者を含め宇宙開発関係者はこの状況を真摯に受け止め、一般の方々に与えるリスクを可能な限り小さくしていく努力を怠ってはいけないと考えている。

4.3 新たな脅威 3(太陽発電衛星・宇宙エレベーター)

図7 マイクロ波方式による太陽発電衛星

図7 マイクロ波方式による太陽発電衛星

 極めて独断的な私見であるが、宇宙開発には「永遠のテーマ」とでも言うべきものが3つ存在すると考えている。「スペースプレーン」「太陽発電衛星」「宇宙エレベーター」の三題話である。この中で、後者2つは巨大な面積を有する構造体であることから、デブリ衝突に対しては十分な対策が必要となる。例えば、太陽発電衛星であるが、現在JAXAが検討中のシステム(図7)を例にとると、その正面面積は100万KW級のシステムではおよそ4×10(2km×2km)であり、通常の衛星やロケット上段の大きさを10オーダーとすると、実に4×10機分に相当する大きさを持つ。これまでの打ち上げ回数が5×10回程度、打ち上げ機と衛星で2個ずつと数えても、これまで打ち上げられた全人工物体の正面面積の数倍にもなるのである。従って、たった1基の太陽発電衛星で、これまで起こった数倍の頻度でのデブリ衝突が引き起こされることになる。低軌道で10cm以上、静止軌道で1m以上の人工物体については、地上からの光学・電波観測によりその軌道が同定・カタログ化されており、確定的な情報として任意時刻の各々の物体の位置・軌道を知ることが出来るが、それ以下のサイズのデブリについては限られた観測情報から統計的にその存在数を推定することになり、当然誤差が含まれてくる。特にmmサイズのものとなるとその観測情報量が極めて限定されたものとなり、高度によってはモデル間で1オーダー程の差異が存在する。ところが困ったことに、この範囲のデブリは数も極めて多く、従って衝突頻度も高くなる。1mm程度のデブリでもワイヤーハーネスを切断するのに十分な破壊力を有することを考えると、切断された部分を回路的に切り離して運用できるようにするとか、切り離し不可能な基幹コンポーネントについては、それらを集中し防護構造を追加する等の設計上の配慮が必須なものとなる。

5.むすび

 昨今何かと話題に上るデブリ問題の概要と将来にわたる課題について述べてきた。新型のロケットや衛星の開発とは異なり、夢が無く、後ろ向きの研究分野だと悪口を言う人もいるが、本問題の解決無しには人類の宇宙開発活動自体が立ち行かなくなるほどの重要かつ喫緊な課題であることを御理解頂きたく稿を起した次第である。如何であろうか? 多少なりとも本問題に対する関心と正しい認識を高めることに寄与できれば望外の喜びである。

執筆

木部 勢至朗

宇宙航空研究開発機構
研究開発本部
未踏技術研究センター特任担当役

*本記事は『航空と文化』(No.106) 2013年新春号からの転載です。

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